じゃにずについて考えたり妄想したいだけのブログ

じゃにずの皆様(関ジャニ中心)について、ただひたすら尊敬の念を込めてすげーなすげーななんでだろーっていうだけのブログです。

松原.の魅力を考える

※注意※
以下、引用として示した発言については、今まで私がネットの大海から集めた情報であり、出典不明多数のため、不確かな情報が混ざっています。



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 松原.とは関ジャニ渋谷すばる村上信五のコンビを指したコンビ名である。Jr時代にバラエティ番組に出演した際、名前を知らなかった出演者に
適当に「松原かずひろ」と呼ばれたところから由来しているようだ。「松原(かずひろ)」がすばるくん、「.」が村上さんを指している。

 私は松原.が好きだと思う。いわゆる王道シンメヨコヒナから入って、ヨコヒナヨコヒナ言ってたのに、ある日推しソートをやってみたら、松原.が1番上に来た。あれっ!そうか私は松原.が好きだったのか!そういう感覚ですっと好きになっていたのが松原.だった。今日まであまりその気持ちを深く考えずにきた。

 松原.は、好きな人が多いわりに、意外と語りにくい上位に入る気がする。松原.は大してイチャイチャしない。萌えたり、絶叫したりする部類のコンビではない。絶句することも頭を抱えることもあんまりなかった。

 ただ、松原.はずっと笑ってると思う。ずっと楽しそうにしてる。私はそれが好きだ。私が見てきた松原.は9割9分笑ってる。渋谷さんが村上さんを笑わせようとして、村上さんが司会進行すべて忘れて笑って、すばるくんが満足そうに笑って、とにかく笑っている。村上さんは、裏ナレーション刑事をしたら台本じゃなくてすばるくんの変顔に笑ってしまう。大倉くんのアイーンではなく、すばるくんのコメントに笑ってしまう。村上さんの笑いの沸点は、対すばるくんに関しては大倉くん並みに下がっている。彼らを見ているときわたしの心に「なんかええなあ」という言葉が浮かぶ。

 「俺とすばるにしかわからんことがあるんやから、なんでそんなの言わなあかんの」
この発言を反芻するとき、わたしは村上くんに「アイドルなんだからそんなことを言わんで教えてくれよ……!!」と地団駄を踏む。けれども同時に、そうか、松原.のふたりって、アイドルじゃなくて幼馴染の友達なんだなとも思ったりする。


ー出会いー

すばると初めて会ったのは(堂本)剛君の番組が最初やったんかなぁ。名前が印象的やったから「すばるって誰?」って聞いたら「アイツやで」って。そっち見たら、耳にでっかいボディピアスした、とっつきにくそうな少年が無表情のまま大人をにらんどった。最初は”笑わないコ”という印象が強かったから。初めて、ちゃんと話した時「めっちゃ笑うし、ようしゃべるやん」って、そのギャップに驚いたのを今でも覚えてるわ。

村上君はね、昔っから、先輩後輩関係なく、誰に対しても楽しく接することができて。ほんまに周りにたくさん人が集まってくるコやった。それは今も変わらんよね。変わったといえば、昔はもっとピュアだった。ピュアというか…丸裸?洋服一つ分からへん、みたいな。「オシャレってなんですか?」みたいな。結果、真冬に裸にオーバーオール着てくる、みたいな(笑)ほんまに1月のくっそ寒い時期に、オーバーオール1枚で現場に現れた事があるんですよ。「お前寒くないの?」て聞いたら「全然寒くない!」って200%の笑顔が返ってきて。あの時は彼のピュアさに度肝を抜かれましたよねぇ。

 村上さんの語るすばるくんとの出会いの、なんと物語性の強いことだろう。「見たら、耳にでっかいボディピアスした、とっつきにくそうな少年が無表情のまま大人をにらんどった。」はそのまま小説の帯にでてきそうだ。村上さんのすばるくんを恐れないフラットな態度が、ほぼ初めて話す時でさえ、人見知りのすばるくんの笑顔と言葉を引き出したんだろうと思う。二人の発言を見ると、お互い笑顔の印象が強いんだと気づく。やっぱり松原.って、彼ら自身のなかでも笑顔でできてるんだなと感じる。嬉しい驚きと笑顔で、松原.の出会いは色がついたようにキラキラしている。


ー1997~1999ー

村:俺とすばるはJr.に入った時期がほとんど一緒やねん。隣町の中学にもJr.が1人いるって聞いてたんや。それで2回目か3回目のレッスンの時やったかな、俺のほうから「家ドコ?」って話しかけたんや。それから家が近いこともあっていつも2人で行動するようになって仲ようなったんや。

村:すばるは隣の中学におったんや。レッスンのとき俺が声をかけて、一緒にレッスン行ったり、遊んだりするようになった。すばるの家は隣の駅やから、学校終わるとホカ弁買って、すばるの家に行ってそれを食べる。それから遊んで、自分の家に帰るって生活をしてたこともあるな。

渋:この前俺が部屋でテレビ見てたらいきなり俺の家に来て「暇やったから来た」って。来る前に電話くらいせぇってホンマ(笑)で、大体泊まっていくねん。俺が布団を用意してやるとヒナ、ソッコー寝る。ホンマ何しに来とるんや(笑)けど、俺1人で部屋にいるよりはマシか。ヒナは夜の友やわ。

村:今、楽しいのは関西ジュニアの渋谷くんとかの家に泊まったりして語り合ったり遊んだりしてることかな。

村:そういえば、ジュニアに入ってすぐのころ、すばるが俺の家に来たことあんねんけど、俺の部屋がスゴいことになったんや。なにがスゴいって、ちらかしかたがスゴい。あとで片付けるのがどんだけ大変やったか。でも、楽しかったから、よかったらまた来てくれ。

 松原.が地元のツレとして、同じ学校の友達のように互いの家を行き来している時期。一緒に事務所に通ってレッスンをし、家や近所で遊んだり、ご飯を食べたり、泊まったり、そういう他愛もない日常を共に歩んでいる。大抵はすばるくんの家に遊びにいっていたようだ。村上くんの家は山の上だから滅多に来ない。来た日には散らかされるありさまだ。
 村上さんはちょっと潔癖だ。でも、来た日の思い出を村上くんは楽しかった、また来てくれと語っている。私はこのころの彼らを想像するとノスタルジーを感じる。すばるくんの『ジュニアに入って最初にできた友達は、ヒナこと村上信五』という発言が胸に染みるのだ。


ーシャンプー事件ー

村:普段みんな仲ええけど、3日ぐらい前に僕とすばる大げんかしたやん、僕がシャンプーを借りて、きれいに洗ってから返すの忘れたらメッチャ怒って… 
横:すばる、キレたん?
渋:マジギレ!(笑)ひと晩寝たらもう気が済んだけど。
村:結局けんかしても次の日には仲直りしてるよなぁ。


 この時期にシャンプー事件が起きている。翌日には仲直りしている清々しさが、松原.の気持ちの良いところだと思う。関パニでも楽しそうに話す二人の姿が見れる。


ー家出ー
16歳の頃、松原.はさらに青春の塊のようなことをしている。家出である。

渋:シャンプー事件はヒナが喋ったらしいんで、もうひとつのを。"すべてのおとなたちが…"と、尾崎豊さん的な考えを持った青春時代、俺とヒナとで家出をしようと計画をたてて。俺は夜中、こっそりベランダの柱を伝って家を出て。待ち合わせ場所でヒナのことをずーっと待ってたのに結局来なくて。翌日「親にばれた~」って明るく言ったときに「おまえ、何があっても来る言うたやんか、コラァ~~~!」ってめっちゃキレたことがありました。

渋:16歳くらいのときにね、若さゆえの反抗期というか悩みというか、ふたりで「家出しよう!親にバレても家を出よう!」ってなったんですよ。ほんで夜中、ボクは家のベランダからシュルシュルって降りて待ち合わせの駅に向かったんですけど待てど暮らせどヒナが来ない。しょうがないからボクはそのまま友達の家に泊まりにいったんですよ。翌日ヒナに聞いたらね、あいつ普通に学校行ってたんですよ(笑)!「オトンにバレた」言うて。「親にバレても家出しよって約束したやんけ!なんやねん!」って、ボクめっちゃ怒りましたね~。

渋:家出んときは、結局お前待ち合わせ来んかったよな!ホンマ、最っ低や!(笑)
村:僕、家出ようと思ったときにおとんに見つかってもうたんや!
渋:結局、2人で会ったその日のうちにバレて、おかん2人とも迎えに来てな。「すいませーん」言うてたわ(笑)

 青春小説の塊のような松原.のなかで、このエピソードは本当に青春のコアだと思っている。親にばれても、二人で家出しようとして、夜中に駅まで行って、ずっと村上さんを待っていたすばるくん。ばれて行かなかった村上さん。それに怒るすばるくん。結局は二人とも親に怒られて、家出は成立しなかった。この計画をたてているときのこと、もし二人が家出を成し遂げていたら、二人はどこまで行っていたんだろうか。そんなノスタルジアな想像を膨らませる、眩しい青春のかけらだと思う。


ー1999~2002ー

村:カラオケに行ったり、アメ村に買い物に行ったりもする。そう考えるとジュニアに入った中2のころから、ほとんどすばると一緒におるな。仕事も一緒になって、ラジオやテレビ、舞台を一緒にやるようになって、さらに一緒にいる時間が増えたし。

渋:プライベート的には、ここのところヒナとずっと一緒やから、ヒナにも感謝してるで。ヒナは俺にとって良きパートナーであり、良き理解者であり、良きライバルやねん。

渋:今、いちばん話すのはヒナやから、オレのこといちばん知ってんのはヒナやろうし、ヒナのこと一番わかってんのもオレやろうし…。オレらふたりとも心配性で、お互いけっこう心の支えになってるとこあって。もちろんライバル意識も。おたがいが競争しつつ、走っていければ…

渋:(村上が身の回りの世話を焼いてくれるので)そのせいでオレはますます自立しなくなるとも思うけど、やっぱラクなほうがええからな。多分オレの人生にヒナは欠かせへんで(笑)だから一番の得意技はヒナに頼ることかもしれんな(笑)

渋:なぁ、お前俺の事好き?
村:あぁ、好きや~。いきなりやな(笑) 渋:好きやろ。でもな、お前が俺の事を好きって思ってる以上に俺はお前の事好きやと思う 村:あぁ…お前なんか今すごい告白してんなぁ(笑)でもそういわれてみれば、お前にすごい好かれてる気がする。
渋:やろやろやろ?だから…もっと来いよ(笑)でもお前の性格からいうとお前は皆と同じ位仲良くなれんねん(熱く)がしかし!俺はお前しかおらん!な? 村:俺と特別な仲になりたいんや。
渋:そう!でもこの激白を変な意味で捉えんといてな(笑)俺は女の子が大好きやから。

村:この前すばるとメシ食ったときに、いっぱいふたりでしゃべったやん?そんとき、いまさらになってわかってんけど、すばるも将来のことや、仕事のこと、いろんなこと真剣に考えてるんやなーって関心したんよ。
渋:そりゃーな。なんも考えてへんかったら、ただのアホやん。

 仕事も増え、ライバルとしての意識を持っていた1999から2000年にかけて、すばるくんは不安も相まって、精神的に村上さんへの依存が強くなっていったんだと思う。プライベートも仕事も一緒にいられる友達なんてそういない。村上さんや横山さんにすがって生きていたんだという気がする。でも村上さんはあ~そうなんかぁって笑ってさらっと流してしまう。すばるくんはそんな村上さんににあ~~~もう!!!となりながらも、たくさん救われてきたんだろう。松原.はずっと、苦しいときもキラキラしてる。

渋:とある日の本番前に、オレが鼻歌を歌ってたら、そこにヒナも入ってきて一緒に大声で歌ったんや。そしたらなんかしらんけどそれがすっかり恒例行事になってしまって(笑)以来本番前になると「今日は何歌う?」って聞かれるようになったんや。

(恋の相談に乗ってもらうなら誰?)
渋:あのな、あのな…これ~前回も言ったけど、これ(横山)は優しいんや!だから色々言ってくれそうや!だがな、俺の個人的意見やけどな、ぶっちゃけたこの~……腹割った話できるのはこっち(村上)なんや
村:(爆笑)
横:いい話じゃないですか!
渋:だがな、一個言いたいねん!腹割って話できるのはこっち(村上)やねんけどな、こっち(村上)にやってもたいしたことは言われへんねん
横:(爆笑)
村:うるさいわ!(笑)たいしたことないとか言うな!

 横山さんとすばるくんは『似ている』ので、感情を共有してくれる。一方で、村上さんはすばるくんと同じようには考えない。一緒に苦しんではくれない。ただ、すばるくんは、村上さんにすがってはいたが、一緒に沈んでくれない村上さんに内心ほっともしていたのではないかという気がする。アドバイスや慰めよりも、明るい場所で自分を待って受け止めててくれる存在がほしかったのかもしれない。

村:言わずもがな、みたいな関係やもんな。正直、すばるの存在だけで助けられたことは、数えきれへんほどあるわ。別に相談乗ってもらうとか、空気読んで気ぃ遣ってくれるとか、そんなんじゃないけど。
渋:俺ら子供やったから、そんな器用なことはできひんかったしな。

 そしてそれはきっと村上さんにとっても同じだったと思う。すばるくんの話をうんうんと聞きながら、村上さんもまた、悩み傷つきでも自分を真っ直ぐに生きているすばるくんの存在に、自分ではできない何かを遂げてくれるその姿に、救われていたのだという気がしている。


ー2003~2006ー

渋:最近ヒナにめっちゃホメられる。「大人になったなぁ」って(笑)「ぶっちゃけちょっとまえのおまえ、大っ嫌いやったもん。絶対、人の言うこときかんかったからなぁ」って、普通に言ってくれるからありがたい。

渋:ヒナとごはん食べながら、どうでもええ話をしてる時間がめっちゃ楽しい。ずっと笑ってる。

渋:いまでは公私ともに頼りにしてる人で、自分がピンチになったとき、真っ先に頼ってしまうのは、やっぱりヒナやねんな。

渋:まぁ、いつも一方的にオレの悩みを聞いてもらってるだけなんやけど、すっごい包容力のある言葉をいっぱいもらって心の中がすっきりした。オレにとってヒナはメンバーでもあり、親友でもあるなぁ。

村:ふたりでメシ行ったときとか、こういう話せえへんもんなぁ。でもなんとなくは、すばるの気持ちわかってるで。
渋:それこそヒナくらいやで。自分をガッと出して、うわ~って聞いてもらえるのは。

村:メンバーの中で、俺が一番すばるのこと知ってる。

 デビューのあたりから、村上くん曰く、すばるくんが大人になった、らしい。少し周りを見れる余裕が出て来たのかもしれない。「ちょっと前のお前」がどこを指すのかわからないが、本当にちょっと前ならば、2003年くらいのことなのかなと思う。村上さんとすばるくんの「目を見ればわかる関係」は、もうこのあたりで完成されてる気がした。村上さんは、2005年あたりから2016年までずっと、一貫してすばるくんをちっさいおっさんと称しているのだ。


ー餃子ー

渋:今思い出したけど、そういえば昔、俺の誕生日に村上がぎょうざ作ってくれたな。おいしかったで!
村:そうやったな。3年前かな、お店でお祝いしてて、店のキッチン借りて作ったんやな。
渋:うれしかったわ~

 誕生日祝いに店のキッチンを借り餃子を作ってくれたとは知らず文句を言ってしまっても、手作りだと知った途端世界一美味いと言って完食したすばるくん。気持ちを大事にするすばるくんらしいなと思う。おいしかった、うれしかったと言うすばるくんは、錦戸さんにパスタをつくってあげて、同じ事を言われているのだなぁ、そういう連鎖も素敵だなぁと思う。


ー『未定』壱ー
『未定』壱(死ぬほど見たかった)という題からして、松原.の象徴だと感じてしまう。松原.の家出は、前述のとおり始まらなかった。この舞台もある意味始まっていない。未定『壱』だからだ。松原.はずっと時が止まってるような尊さがあると思う。

村:舞台(『未定』壱)は、僕から言うことはなんもないな。渋やんが楽しくやってくれたら、それでええねん。

村:2人で脚本・演出をしたけど…ま、未定ってことで(笑)お互いやりたいように自由に楽しむだけ。言うてもほとんどすばるが進めてくれたから俺何もやってへんし。今回に関してはすばるが統括プロデューサーみたいなもんやからね。

渋:2人ともすごく自信があるし、絶対大丈夫や。不安はないけど、ちょっとドキドキやな。
村:何か、子ども心が出てくるな。しかし、出演者が俺らだけやし気が楽。俺にとって結局、すばるのやりたいことは俺のやりたいことでもあるから。

 このころの村上さんは、既に「すばるならなんでもええねん」状態になっている。すばるくんがやりたいことが、楽しいことが、自分の喜びでもある。そんな思いをひしひしと感じる。村上さんはこの数年間でいろんなすばるくんを知りそして知った上ですばるくんが好きなんだろう。私は、自己犠牲やエゴではなく、本当に他人の幸せが無条件で喜びとなることを知っている。だから、村上さんにとってはすばるくんもそういう存在の一人だったのだろうと思う。

渋:で、「また舞台を」って具体的な話になったときにヒナに「今、オレはバンドをやりたいねん」て話をして、ヒナはその気持ちを理解してくれた。二人では、”またいつかお互いにおっさんになってできたらいいなぁ”って思ってるし…

村:あのときは全部すばる任せで。いつかまたやりたいですね。すばるが動いてくれれば、僕はのっかります。

 すばるくんがバンドをやりたいといえばそれを受け入れ、すばるくんがまたやりたいと言えばやる。村上さんのやりたいやりたくないという願望はあれど、結局はすばるくん次第なのだ。

 「2人の場所を守ってくれてるんじゃないかと思う」と何年も前に語ったすばるくんの発言を聞いて、「そうなんや。その真意は…すばるにだけ、いつか言うわ」と言った村上さん。すばるくんが辞める今年、イフオアが終わった。わたしはその真意を知らない。でもいつかきっとすばるくんには伝わるのだ。それでいいと思う、それがわたしの好きな松原.である。


ー2007~2008ー

村:今でも不思議に思う事は、まさか同じグループでやっていくとは夢にも思ってなかった。まさかまさかの展開ですよ!人生わからんもんやね!見ず知らずの隣町の同い年と仕事をしてるんやもん!にしても今年は一緒に居すぎやろ(笑)2008年は変な年ですよ!

村:「(サンタさんへの今年のお願いは)来年の元旦も、渋やんと(サッカーの)天皇杯決勝を見に行かせて!」って頼むわ。もう2年連続で行ってるし、ここ2年、いい年やったし。元旦に、国立競技場で天皇杯を見ることが、自分にとっての初詣みたいなもんやねん。

 2008年はすごはちや舞台、ドラマなどで一緒に組むことも多かった。その事実に「一緒におりすぎ」と笑う村上さんは、きっと幸せそうだったに違いない。そうでなければ、こんなに一緒にいたすばるくんと、来年の元旦も一緒にサッカーを見にいくのが、サンタへのお願いになるわけがないと思う。村上さんは本当にすばるくんが好きだ。好きに違いない。


ー2009~ー

渋:昔から(一緒に)いるからヒナって呼ぶんですけど、そのね、雛形さんに似てたというとこから来てるっていうの知ってるんで、もう来年30とかになってくるでしょ?で、もうこんなオッサンをヒナって呼んでる…何この気持ち悪い感じっていう…のはあるんですけど正直最近!

村:メールくれたね。オンエア前で俺も後で見よう思ってたときに先にすばるが見終わってて。"お疲れ様でした、よかったよ"ってメールくれて。素直にうれしかったですねぇ~。すばるがそんなふうに見てくれたんか~って、嬉しかったな。

村:(昨日の夕食)渋谷さんと二人でお部屋でご飯食べてました、TVでドキュメント見ながら。
横:ふたりで!?
村:ルームサービスで
横:ひとりで食べずに二人で!?熟年夫婦みたいやな…

村:会話はホンマ必要最低限しかなくて、「これ、何につけるんやろ?」「これにつけるんちゃう?」「あ、そうか」「うまいなー」「うまいなー」なんて程度で。で、ちょっと片付けしてたら、すばるが、あったかい紅茶を淹れてくれてました。何も言うてないのに。

村:そういえば今年はまだ2人でご飯行ってないなぁ、去年は焼き鳥に行ったけど。
渋:なかなか2人だけってなるとな。でもいまだに俺が2人だけで飯行くのはヒナだけやからね。たとえ年1回でも、その時間を持つのと持たへんのとでは、全然違うと思うし。

 すばるくんが穏やかになったからか、松原.の間に流れる空気もどんどん穏やかになっていく。それでも松原.はこんなド新規の心をも惹きつけてやまない。子どものままのような関係性、長い年月を感じさせる関係性、その両方で今の松原.はできているように思う。


ーピアノと歌ー

 すばるくんがどん底のとき、手を引いてアイドルの世界へ引っ張ったのが村上さんなら、村上さんを音楽の世界へ引っ張ったのがすばるくんだった。歌とすばるくんと、ピアノと村上さん。これが交わったのが渇いた花だったと思う。

村:俺これ多分言うたことないかもわからないですけど、元々ピアノね、はじめたん、すばるに言われたからですからね!きっかけは!6年、7年くらい前かなぁ…
渋:俺そんなん言うたっけ
村:言うたやん!
渋:俺なんて言うた?
村:これバンドでさぁ、昔それこそCD出してない時、大阪の松竹座ってとこでミュージカルとかコンサートやらせてもらってたんですよ、その時に今の大倉と丸山と安田とすばるで、バンド曲言うて自分たちで曲つくってやってたんですね。
村:そん時に「うわーキーボードおったらええのにな~」とか言うて。
渋:それ言うてたよね。
村:ほいで一回やったらええやん!って言われたんですよ、いややったことないし!無理やって!って言ったらじゃあ安田が曲つくるからそれ覚えてーや!って言われて。一回3人で、あいつがひいて俺がやらなあかんいわれてそれが最初やったんですよ、CDにもなんにもなってないですけどね。

 2003年頃にピアノを始めた村上さんのきっかけは、すばるくん。大倉くんのドラムも、丸山さんのベースも強く推したのはすばるくんだ。

村:DVDでは見事ドッキリにひっかかってしまいましたが、次もかかってきなさい(笑) 渋やんには僕のピアノが上達したら合わせて歌ってほしいです。練習せな~

 2009年のこの村上さんの発言が、現実に叶ってよかったと思う。未定にならなくて、よかったと思う。


 すばるくんのピアノを始める前から村上さんはすばるくんの歌に惚れている。そして年月がたつにつれ、すばるくんの歌は、ただうまいんじゃないのだという感覚がにじみ出てくる気がする。言葉を尽くしてもあれを伝えられることはできないと思うようになっていったのか、ソロコンの感想は村上さんの胸の中にある。

村:オレ、すばるのこといっぱい言えるよ。すばるは、空気つくるのがうまいと思う。自分の雰囲気とか。歌ってるときは、ものすごカッコええ!って思う。なんやろね。歌うたったらびっくりするぐらい変わるから。

村:すばるは歌ってるときが一番輝いてるな!

関ジャニ∞の曲で一番好きなのは?』
村:すばるが歌ってるロックな曲は全部好き。

『セクシーなメンバーは?』
村:ブルースやロックを歌ってるときのすばる。

村:僕はすばるの大ファン。みんなには悪いけど、一番近くですばるの歌声を聴けて得してるなって思う。あのちっさいオッサンが、歌うとものすごく大きく見えますからね。(笑)

『すばるライブで泣いてた?』
村:そんなもん…言いませんよ別に人には…観に行きましたよ、確かに、すばるのライブは…ただ僕と彼にしかわからんもんがあるわけですからそんなもんなんでわざわざ言わなあかん…
丸:開けなくていい蓋ですもんね
村:そっとしといてくれよ

『渋谷のカバーアルバムの感想』
村:俺はちょっと言われへんな!こんなんは言われへんわ!あんま言葉にするアレじゃないですけどね!すばるはすばるで頑張ってることですから…これを俺らが言うたらそれは評価になってしまうから!まだとっときます!振り返って感想になったときに言いますわ

 松原.の映像とともに、渇いた花を全人類に見てほしい。愛しげで、嬉しそうで、こんなに切ない歌なのに、こんなにも暖かい音楽があるのだと思う。私はすばるくんの歌のうまさに、村上くんがピアノを弾けるようになったことに感動してるんじゃない。二人があまりにも嬉しそうに、互いのための音楽を奏でるから、その表情と音色に泣いてしまうのだ。一つ一つの音を確かめ合うように、互いの方だけを向いて、楽しそうに歌い弾く二人を見て、私はこんなにキラキラ眩しいコンビは、今後の自分の人生で見られる気がしないと思った。

渋:鍵盤なんか触れたこともなかった、ただの田舎の変なヤツと一緒に、15年以上一緒に居て、ふたりだけでドームのステージに立って、生で演奏するなんて、あの頃想像もしなかったし、そいつが緊張で指震わせながら、必死に鍵盤弾いてる姿を横で見てると、俺、いつもグッとくるんですよ。

(2人の歌に感動したというメールに)村:これすばるの歌やからな!感動の9割9分はすばるくんの歌ですからね…僕の0.1はさほど影響してないと思いますけど…僕は開き直ってやりましたからね!そもそも基礎的な技術もないですしとりあえずすばるの歌を邪魔したらアカンと

 村上さんはこう言っているが、弾いてるときの村上さんがそんなことを思っていたようには見えない。なにも考えずに、すばるくんと音楽を楽しんでいたと思う。すばるくんは、司会進行、タイムスケジュール、そういういろんなビジネス要素で埋まった村上さんの脳を、まっさらにしてくれる唯一無二の存在だと思っている。


ずっと笑ってる

 沢山のエピソードを、発言を並べた。でも本当は、松原.の魅力ってこの一言に尽きると思う。

渋:なんか…ヒナ笑かすの好きやねん俺!めっちゃ笑うやん!アレ好きやねん俺!何回言うても笑ろてくれんねん、何回言うても同じテンションで笑うから…

(村上は渋谷が何回同じ事を言っても笑っている)
村:言葉は一緒かもしれんけどな、間が違う… 
横:傍から言うたら一緒やからな!
村:全然ちゃう!ぜーんぜんちゃう!!こーの流れで放りこんで来るか!?ゆーとこでくんねんすばるは!!

 村上さんは何度もすばるくんの同じネタで笑う。あんなに頭のいい村上さんが、ガラガラで遊ぶ赤ちゃんのように、おんなじことで笑うのだ。全然違うと言っているが、村上さんは結局のところすばるくんなら何でもいいのだと思う。
 すばるくんと村上さんにしかわからないと本人たちがはっきり言っていて、それを幸せに大切に思っていることが伝わるから、松原.は第三者が語るには荷が重い。見てはいけないといったそんな重苦しいものではない、でも常にガラスの向こうの世界にある気がする。

渋:オレが言うことやることに一番笑ってくれる。オレの一番のファンかもしれんな(笑)性格も全然違うし、生き方も違う道を進んでるんやけど、アイツとオレの”最終的な答え”は同じような気がしてる。

村:俺が「ちょっと、何かないん?」って話ふると「あるで~」っておもろい話をしてくれんねん。それが毎回大爆笑もんなんやけど、パッと周り見ると笑ってるのは俺と渋ヤンだけで、スタッフとかだ~れも笑ってへん(笑)相変わらずそういうツボは一緒やねん。また新しいネタ待ってるで!

渋:15歳で知り合い20代のすべてを一緒に過ごし、まもなく30代に入っていきますけど、40、50、60、きったないつるっぱげのジジイになっても誰も二人しかわからんようなアホみたいなしょうもない事でいつまでも馬鹿笑いしてたいなと思います。

渋:村上さんとは生まれ育った場所も近く、自然と一緒に居る事が多かったのもあってか僕と村上2人の独特の空気感があると思います。そんな、根元の部分は今でも何も変わらないし、これからも変わらず2人にしか分からないかも知れない世界観でバカ笑いして居たいもんですな。

渋:僕の言う事で1番笑ってくれるのはヒナです。嬉しそうにしてくれるヒナの顔を見ると嬉しくなりどんどん調子に乗ってしまいます。これからも僕を上手い事転がして下さい。そしてあなたにしか出来ないあなただから出来る司会道を作って行って頂きたい。

 好きな人が笑ってくれるのは嬉しい。私もそうだ。だから二人にはずっと笑っていてほしい。

丸:すばるくんフェチじゃない? 
村:あ!かもしれん! 
丸:ようすばるくんの事でひとりだけ笑ってる時ありますからね! 
村:せやなぁ 
丸:すばフェチ! 
村:すばフェチやなぁ!なんか気になんねんなぁ…別になんもしてないねんけど
丸:たまーにすばるくんは村上くんだけ笑かせにいってる時とかあるじゃないですか! 
村:ある 
丸:しかもメンバーの中で一番その率が多いんですよね 
村:うん… 
丸:わかるやろ~みたいな、一番うれしそうな顔してるんですよ!

横:なんか好きなものが似てるんじゃないですか。感性というか。だから見てたらほんま楽しそうですよね。すばるがボケてたらヒナが楽しそうにツッコんでるとか、そういうのが目に見えて分かりますからね(笑)すばるがボケて、ヒナがボケ待ちしてるんですよ。

 松原.は、横山さんや丸山さんが言うように、また、私のようなこんな遠く離れた第三者から見ても、本当に嬉しそうで楽しそうなのだ。二人ともずっとずっと変わらず笑っているのだ。どんないちゃいちゃよりも、すばるくんが村上さんだけのためにボケて、村上さんが崩れ落ちるくらい笑う、たったそれだけのことが私はたまらなく好きだ。飽きずに十何年も繰り返している彼らを、きっと私もずっと見ていられる。


これまでの松原.とこれからの松原.

『お互いにここだけは変わって欲しいことは?』
村・渋:ありません
村:もう、これが村上信五やし、これが渋谷すばるやもんな
渋:特にオレらは8年どころか半生一緒におるから。違うところは全く違うんやけど、似てる部分の密度がめっちゃ濃い。そこがあるからこそ、そこさえちゃんと残ってれば、地元で遊んでた頃のように、いつまでも一緒におれる気がする。今でも2人っきりになると、あの頃にフッと戻るもんな。

渋:舞台は『KYOTOKYO』で村上と一緒に浴衣に下駄履いて、舞台の端から端まで楽しそうに走ってる子どもの役が最初やったと思う。ふたりでその役に命かけてた(笑)後から社長に「どこに命かけてるの?もっと上をめざせ!」って怒られました(笑)

 松原.は、ずっと地元で駆け回って遊んでる二人のまんま大人になった。もし私が松原.の魅力を語ってくださいと言われたら、本当はどんな素敵な記事を提示するより、どんなにエピソードを並べるより、松原.が会話してる写真を一枚差し出すのがいいと思う。ジャニ勉でも、クロニクルでも、関ジャムでも、ジュニアのときでも、今放送されたばかりのものでもいい。全部同じ顔で笑ってる。きっとプライベートでも同じ顔で笑ってる。そういうのがたまらなく好きだ。

 関ジャニが挑戦もとい変化していくのが好きだ。それがファンにとって好ましい方向でも、好ましくない方向でも、変わっていく彼らが好きだ。キラッキラの関ジャニが好きだ。こんなにかっこいいんだよすごいでしょうと全世界に吹聴してまわりたい。関ジャニを知らないなんてもったいないお化けがでるよ!といつも思っている。一分一秒も飽きさせない、その刺激に声をからして叫ぶ。でも、私は変わっていくものの中にある、変わらないものをいつも一番愛しているんだと思う。変わらないものを土台にして、変わっていくものを愛してるんだと思う。

 松原.のエピソードは、実はいっぱいある。でも実際に私たちが一連の映像を見ることはほぼない。すばるくんが、村上くんが、「こないだすばるが(ヒナが)」と楽しそうに話すのを聞いて、松原.だなぁとしみじみ思う。数年単位のことがこないだで語られたり、ずっと昔のことを今面白いことがあったかのように話す。インタビューやラジオで持ちネタと言わんばかりに話す。何が面白いのかよくわからないこともある。でも子どもが「今日小学校でこんな楽しいことがあったんだよ!」と話してくれるように、「なんかよくわからんが楽しそうだ」と、とても幸せな気持ちになる。たぶん、その話を聞いたもう一方の松原.は笑い転げているんだろう。そういった表情を勝手に想像しては幸せになる。

 私はこのあいだふと思い立って、15年ぶりに遠方住む幼馴染に会ってきた。先週は1歳から高校まで共に過ごした幼馴染みの家に10年ぶりに電話をかけてみた。私にとっての幼馴染みとは、10年以上会ってなくても全く気を使わなくていい存在だ。いつでも元の関係に戻れて、離れてても「元気でやってるんだろうな」と思う。いきなりの連絡でも、笑って受け止めてくれる存在って、いいなと感じた。

渋:村上くんの車で寝ちゃったっていうのは僕がそれだけ村上くんの運転を信用して村上くんに心を開いているからなんやと思います(笑)!
村:予兆はあってんな"ヒナ~俺もうダメかもしれん"って(笑)
渋:そのへんはもう俺とお前のアイコンタクトやんな、なぁ、なぁ。

 あの会見の日、村上さんは、目を見ればわかったと言った。ほんとにそうだと思う。目を見ずとも、わかっていたような気がする。

 私は正直、すばるくんが辞めるということを受け入れたことが、最後の情けのようになってしまわないかと不安だった。袂を別つという言葉にも、「渋谷すばる関ジャニを」ではなく「関ジャニを」お願いしますと言ったことに胸がえぐれそうなくらいショックを受けた。村上さんはいろんなことを割り切れる人だから、すばるくんとの関係も「音楽を選んだんだから」とすっぱり斬ってしまったらどうしようと思うとたまらなかった。

村:すばるは~、僕は彼の生き方が好きですからねぇ。生き方が素晴らしいと 
渋:…(笑)
村:っていうかなんでしょうね。もう(付き合いが)長いですから。自分でこうと思ったことは基本的には曲げませんからね。その信念の強さは素晴らしいと思いますね。

村:(尖っていた時期の渋谷を見て)でも、それは、どうしても貫きたいと思う自分の主張があるからこそで。そんな揺るがない芯を持ったすばるをうらやましいと思ったことが実は何度もある。ないものねだり、かもしれんけどな。

村:すばるの魅力は”不器用さ”なんじゃないかな。例えば、挨拶一つにしても、すばるの言葉って武骨で不格好なんやけど、めちゃくちゃ響くんですよ。それは、ほんまに思っていることを自分の言葉で語るから。

 でもきっとそんなことはないと信じている。だって村上さんは私と同じように、すばるくんのどうしようもない不器用な生き方が好きなのだ。村上さんが、関ジャニとすばるくんを平行に並べなかったのは、仕事とプライベートを分けたという単純な事象にすぎない。冷たい対応ではなく、逆にこれがこれからも松原.が友達でいることの証明なのだと信じている。

村:ほんま俺にとってのすばるって、一言じゃ説明できん存在やねん。同じ夢を見てきて、それを叶えて、今も一緒に仕事してて。親友でもあるし、仕事仲間でもあるし、帰るとこが一緒な地元仲間でもあるし。

渋:良き理解者、仲間は作ろうと思っても簡単には作れない。これからも、村上信五や、メンバーから、いいぞ!って思ってもらえるような人間でありたい。ありがとう、村上信五。お前が北なら俺は南へいこう。俺が西ならお前は東へ。

 もちろん、村上くんはずっと友達だなんて、横山さんみたいに言ってはくれない。「なんでそんなこと言わなあかんの」の人だから、きっと言ってくれない。でも、音楽のために『未定』壱を辞めると言った後も、すばるくんと村上くんは友達だった。アイドルとして一緒の仕事が増える前から、友達だった。村上くんはすばるくんになんだかんだで甘い。どうかこれからもずっとそうであってほしいのだ。全く関係ないオタクなのだが、そう願わずにはいられない。すばるくんと村上さんが笑ってる顔が、とてもとても好きだから。

渋:ヒナがおらんかったら今の僕は無い。何度も彼に助けられて来ました。これからも何歳になっても、情けないですが、僕は幾度となくヒナちゃんに助けを求めると思います。助けてーって顔します。いつでもヒナは理解してくれて助けてくれます。

 もしすばるくんがまた悩んで、村上さんに電話したら、しゃあないなって笑いながら友達として話を聞いてほしい。松原.はメンバーよりも圧倒的に友達だったと思う。アイドルを仕事と捉えていた村上くんが、ずっとずっと一人の村上信五でいられた場所がすばるくんとのあの空間だったように見える。ひょっとしたら私はアイドルとしての松原.を見たことがないのかもしれないと思うほど。

 村上くんは、すばるくんのことを今以上にあんまり語らなくなるだろう。オタクとして、できれば「こないだすばるが(ヒナが)」が聞きたい。ずっとずっと変わらないものもあると安心させてほしい。でもきっと私が知らないところでも松原.の関係は続いていく。私が幼馴染みと会ったときのように、何年かぶりに会ったとしても、昨日会った友人のごとく、またすばるくんの話で村上さんが大きな口を開けて笑ってる姿が見える気がする。だから私はこれからも松原.をこの距離で見つめたり、そっと思いをはせたりしていようと思う。すばるくんと村上さんが揃えば、過去も今も未来も、それがどこであろうと、多分おんなじ感じで笑ってる。そういう姿が浮かぶのが、「なんかええなあ」と思う。やっぱり私は松原.が好きである。



「(老後は)のんびりしたスローライフ的な、海の見えるような田舎で、屁こいて死にたいな」
「じゃあ俺は横でソレ聞いてから『屁こいたやろ!』言うて死にたいわ(笑)」
「俺の人生設計は50歳で死んでますから」
「マジですか。最期屁こく時はぼく隣にいますから」
「何歳だよ。」
「57やねん。」
「あ~、死んでるな。」
「ハハハー。 屁こいて死んどる。」
「屁こいて死んどる。僕の今のとこの人生設計は50歳で死んでますからね」
「マジっすか。最後、屁こく時は僕、隣にいますから。」
「そうですよ。」
「そうですよ。ハハハ、何でやねん。」
「(笑)何がですか」
「ハハハ。いる前提や。」
「いる前提ですよ。これから一発一発を、僕のオナラの一発一発をちゃんとかみしめて」
「はい。」

あいうえお作文で大倉さんの魅力を語る

大倉くん33歳の誕生日おめでとうございます。なぜか大倉くんは大倉くんと呼んでしまいがちです。パブリックイメージの何倍も強くてしっかりしている大倉くんの魅力を、少しでも言葉にできたらいいなと思います。

おきなくちでわらって

大倉くんのゲラなところ、気持ちいい『あっはっはっはっ』て笑い、私はとっても素敵だと思います。アイドルスマイルも素敵だけど、その大人びた端正な顔が子どもみたいに笑うところが私は大好きです。関ジャニが滑ったとき、救ってくれるのは大倉くんの笑いです。私がぽかーんとしてるときに、関ジャニの笑いに巻き込んでくれるのも大倉くんの笑いです。腹黒キャラを確立したのに誰よりも素直に笑っちゃう、そんな大倉くんが愛しいです。大倉くんが笑ってくれるから、丸山さんやすばるくんは嬉しそうにギャグをやれるんじゃないかなぁと思います。

くにするとこしないとこ

大倉くんは普段はのんびりしているように見えますが、抜いていい所、ダメな所、をきっちり分かっている人だと思います。そして自身を甘やかしているときでも、その事実を冷静に認識してる人だと思います。自分の悪いところを認識できる人は多いと思うのですが、「俺は駄目なやつだ」で立ち止まってしまう人の方が大半なのではないかと思います。けれども、周りがそうであっても大倉くんは流されない。「辞めていく人たちはみんな何かを言い訳にして辞めていった」と淡々と語っていた大倉くんは、自分に甘い部分を作ってしまっても、それを言い訳することだけは許さない人だと思うんです。甘い自分、弱い自分を受け止めた上で次に進める強い人。穏やかな眼差しとゆったり構えた体の中に、大倉くんは冷静な青い炎と強い赤い炎の両方を持っている気がします。楽になっちゃいけない場、使うべき場でその炎を出せる大倉くんは、とても器用で頭の良い人だなと感じます。

いこのたつじん

私は仕分けで大倉くんの存在を知りました。大倉くんががむしゃらにドラムにとりくんできたことも、それを美談として自分から語らないところも、かっこいいと感じます。大倉くんは最年少ですが、音楽に関してもグループに関しても、ペースメーカーという重要なポジションにあります。わたしはすぐいろんなものに引っ張られてしまうから、自分のペースを保ってビートを刻む大倉さんがものすごくしっかりしていて、大きい人のように見えます。(実際大きいです。)大倉さんにとってドラムは武器だという発言を見たことがあります。友達や相棒ではなく、あくまでも目的のための武器として捉えているところがなんだか好きです。武器を携え、我流で腕を磨き、しがみついたドラムの場所が、大倉くんのなによりも好きな景色になった。それは私のようなファンとしても、すごくすごく嬉しいことなんです。これからも大倉くんの好きな景色がステージにあるよう願っています。

れよりもあいどるになりたくて

親戚や友人に勧められたことがきっかけで事務所に入るアイドルが多い中、10歳にしてアイドルに憧れ、自分で履歴書を送った大倉くん。最近バラエティで見る大倉くんは毒舌で、ちょっと腹黒キャラです。見た目も180cm越えのクールなイケメン。だからパッと見、わたしには大倉さんはアイドルという職業を嫌々始めてそうな人に見えました。でも実際は誰よりもアイドルになりたくて、小さい頃の将来の夢を叶えてステージに立ってる人です。あんなにかっこいい大倉くんが、キラキラのスパンコールやファーだらけの衣装が好きなのは、たまらなくかわいいギャップです。夢を叶えてドームを埋めるグループになって、それでもなお上を目指そうとする新年会での発言が、見る者の胸を熱くさせます。アイドルという職業に誇りを持って日々の仕事に向き合う大倉さんの姿勢を、私は心から尊敬しています。

くね、よくたべ、よくそだち

大倉くんの好きなところはきちんとご飯を食べて、きちんと寝るところです。わたしがアイドルに求めている健康という概念を体現してくれています。大倉くんは、普通のことを当たり前に大切にしている人だなと思います。アイドルという非日常的な存在でありながら、食べ物が好きで寝るのが好きで、きっと遊ぶのも好きな人。私が怠惰や甘えと捉えて抑制しがちな欲求を、幸せそうに叶えてる大倉くんを見ると、のんびりするのも悪いことじゃないんだなと肯定される気分になります。なにより、そういう些細な毎日のできごとに、幸せそうにしてる大倉くんの姿を見れるのが嬉しくて、ずっとずっと続けてほしい、大事なところです。

やのひろさはむげんだい

山田が他人の気持ちを感覚的に察するのがうまいならば、大倉くんは他人の反応やそれまでの傾向から、ニーズや考えを推測するのがうまい、という印象です。ファンであり、ファンでない。メンバーであり、メンバーでない。まさに俯瞰の目を持っていて、自分自身からもちょうどいい距離感をもって分析ができるのが大倉くんの強みだと思います。テロップ採用率が高い数々の発言ですが、渋谷さんの突飛なツッコミよりは、ストレートなツッコミをしている印象があります。ツッコミというか、指摘や呟きに近い気もします。関ジャニも私も「ほんとだ(笑)」と笑ってしまう、大倉くんの発言は、そういう視点からくるのかなと思います。関ジャニとファンが共有できる数少ない感覚を引き出してくれる、稀有な存在だと感じています。



私にとって大倉くんはギャップの存在です。無数のギャップがねじれの位置にあるような、何度皮をめくってもギャップがでてくるような、そんなところが魅力です。グループも才能も努力も自分の武器にしていく、俯瞰の目と熱い闘志を持った大倉さんが作るアイドルの姿はきっと新しくてワクワクさせてくれる。明日も明後日もその先も、大倉くんが見ている夢を見せてくれるのが楽しみです。

同じ時代に同じ日本に生まれてくれて、アイドルになってくれて、ありがとうございます。

あいうえお作文で横山さんの魅力を語る

横山さん誕生日おめでとうございます。37歳とは思えないほど輝く横山さんに、これからもますます輝いてほしいと思ってやみません。渋谷さんへのあいうえお作文、とてもすてきでした。私も遅刻しながらも、横山さんへのあいうえお作文を作ってみました。またあいうえお作文バトル(?)しましょう。連絡お待ちしています。

 

りかかられたいおにいちゃん

横山さんは自他ともに認める長男気質。横山さんが温かい目でメンバーを見守っているとき、私もまたそんな横山さんを愛しい目でみています。笑いながら文句を言ったりいじったりしながら弟の手をひいてぐんぐん引っ張って走っていったおにいちゃん。今は一歩ひいて弟の背中を見守りながらそっと声をかけてあげたりするおにいちゃん。繊細な観察眼と優しさを持ってる横山さんだから、意地でも揺らがない意思があるから、頼れる兄貴分になれるんだと思います。私が横山さんの長男気質で素敵だなと思うのは、本人が頼られること、甘えてもらえることを嬉しく思っているところです。酔いつぶれたり体調を崩したメンバーにずっと寄り添ってあげて、きっとその優しさはストレスの源にはならないであろう、長男になるべくしてなった人。とはいえ横山さんの身内に対する優しさは完全無償の優しさではなくて、ちょっぴり感謝されたい気持があったりするかもしれない、テレビや雑誌でいじりのネタにしたりするかもしれない。でもだからこそ横山さんにはみんな甘えやすい。そんな横山さんをみんなもきっと愛しく思っているんじゃないかなって気がします。

んなんがすき

本人もおっしゃってますけど、苦労する道、明らかに簡単じゃない道を迷わず選ぶのが横山さん。華やかな出で立ちをしていながら、泥臭いことが大好きでストイックなギャップが私はとても好きです。何かのためにキツイことや辛いことを我慢するのではなくて、その過程を楽しめるってすごく素敵な事です。努力「と」才能というより、努力「の」才能があるという言葉が似合うような横山さんのトランペットは、その成長を見守る人たちの心を温かいものにしてくれます。「誰かが喜んでくれたり、自分も頑張ろうと思ってくれたらうれしいし、なによりメンバーをビックリさせたい」というポジティブな思いから新しい楽器を三十路にして手に取った横山さんの夢は、横山さんが夢中になってる間に、叶って、通り越しちゃいそうな気がするんです。

 

さしさをしのばせて

横山さんの優しさってとってもさりげないです。だから横山さんをいつも見たりしてる人にしかわからないとこがたくさんあると思います。エイタメでひとりこっそりセンステから振り向いて、メインステに腰のあたりでこっそり手を振ってくれた横山さんに胸ときめいたこと、今もはっきり覚えています。女性が困っていたら、さっとフォローしたりかばったりしている姿はとてもスマートで、そういうさりげない優しさがたまらない。メンバーに対してもそう。楽屋では話さないのに、村上さんの誕生日プレゼントを選ぶのにすごく悩んでいたりとか、ファン向けのサイトの縦読みでこっそり渋谷さんへの愛を伝えたりだとか。意外とサプライズでお祝いするのが好きだったりとか。そういう分かりにくい優しさを見つけては横山さんの魅力をかみしめる時間が、私は大好きで、なんだか得した気分になるんです。

 

っすぐで、ひねくれてる

横山さんは素直なのか素直じゃないのか。すごく難しいなと思います。すぐムキになる横山の時間、嫉妬した大賞、身近な人から見たら横山さんってそんな人なんだなと思いながら企画を見ています。横山さんの負けず嫌いで小学生のようなところが、私はとっても愛しいなと思っています。他人に嫉妬することや悔しいってことを、横山さんはすっと表に出します。それはすごくさっぱりしていて、憎めない頑固さです。一方、横山さんは自他ともに認めるシャイです。誉められるのも喜ばれるのも好きだけどいざ真面目に言われると照れてしまう。顔を真っ赤にしながら口ごもってる横山さんはとてもかわいいです。横山さんは自分を誉められたいとチョケるけれど、実際褒められたら自分を下げ始めます。素直なのか素直じゃないのか、一言で説明しにくいところがややこしく、とても愛しいんです。

 

めとわらい

笑いの力を一番信じてる、そんな印象があります。横山さんのプロデュース力はすごいなあと思うんです。何がって、メンバーの魅力を出したいという意思の強さが。横山さんは、自分が自分がとチョケてたわりに、関ジャニというグループで頂点に行きたいという意志が強かった、今も強い、気がするんです。エイトレンジャーとか、寝起きドッキリとか、ほほえみデートとか、面白さが武器だと思ってから、自分がやりたい「カッコよさ」より、「面白さ」を優先したところが横山さんの強いところだと感じます。私もすごく笑いの力って大きいと思っています。ヒルナンデスのちょっとオーバーなリアクション、最近関ジャニでいるときはあんまり見ませんけど、他のメンバーの面白さが出てきたから、面白さのバランスを考慮してちょっと抑えてるのかなとも思います。私は横山さんの作る「笑いってええよな!」が伝わる企画やアイデアに、大きく広がる横山さんの夢、関ジャニとしての夢を感じています。

 

つくしくきらめく

横山さんって綺麗です。かっこいいところも、かわいいところもあるけれど、一番は綺麗だなって思うことが多いです。色が白くて、繊細な線も、儚くて透明感のある見た目が、本当にとてもきれいです。トランペットの金色と合わさって、コンサートの横山さんはとてもキラキラしてます。遠くの星を見た時みたいに、きれいだな~って思います。横山さんの中身はとっても男らしくて、泥臭くて、儚さを全く感じさせない熱さがあります。星もよく見たら、その星が今までどんなに傷ついてきたかだとか、どんなに熱いかだとかはわかるんですけど、こうやって遠い距離から見ている私にとっては、やっぱりキラキラの繊細な星です。ステージやテレビで見る横山さんもとってもキラキラ、美しく見えます。

 

3歳児のようなビジュアルを持ち、6歳児のように虫取りにはしゃぎ、10歳児のように漫画やゲームに夢中になる一方で、誰よりも長男気質で、見守る優しさを持っている、かっこいい大人。友達のために純粋に熱い涙を流せる、かっこいい人。カッコ悪いことがかっこいい横山さんが好きです。37歳だなんて感じさせない、まだまだ隠居するには早いと笑って、また1年、芸能界の道なき道を駆け抜けてほしいです。

同じ時代に同じ日本に生まれてくれて、アイドルになってくれて、ありがとうございます。

すばるくんへ

客観的だとか、論理的だとか、よく言ってもらえるブログです。でも今日は何も考えずに書きます。

今日あなたが事務所を辞めることを聞きました。ツイートの不穏さで知りました。あなたの言葉も聞きました。メンバーの言葉も聞きました。

私が関ジャニを知ってから、一年ほどしかたってません。ハマったのは、他人に合わせて就職先を決めて、仕事も精神的に負担がかかってて、友達もほとんどいなくて、依存しかけていた人に結婚直前でフラれたときです。その人が謝ってくれたところで結果は変わらなくて、わたしの動き始めた人生はどうしようもなくて、とにかく元気を出さなきゃって思ったときに関ジャニの歌に出会って、なんだか元気になりました。関ジャニをきっかけに辛いときも励ましてくれる友達ができました。関ジャニが頑張ってることが、わたしの励みになりました。

ハマった当時はスキャンダルかなんかでツイッターも荒れてて、いわゆる停滞期と言われてました。昔の彼らが恋しいと言ってる人がたくさんいました。でもわたしは本当にその瞬間の彼らがかっこいいと思ってましたから、悔しくて、悔しくて、アイドルという道を選んだ彼らを、全肯定して応援するいちオタクになろうと思いました。彼らにしかできないことをやる彼らのように、私にしかない視点で彼らが素敵だって言おうと思いました。今だって変わりません。彼らを悪くいうくらいなら私のアカウントもブログも消してしまいたい。好きなんです。批評は専門家や一般の人がしてくれればいいです。このアカウントの私は、生まれてから消えるまで彼らのお花畑なファンです。

一年前私は転職を決めました。たくさん迷いました。そのときにはもう良い上司と先輩と同期と後輩がいました。なんの不満もなかったんです。何度もそこでの人生を思い描いて、でもやっぱり心のどこかで、他人に合わせたから仕事を選べなかったんだという気持ちはあって、そんな自分が許せなくて。言い訳して一生を終えるのが嫌でした。好きな人たちのせいにしたくなかった。やりたいことをやった人生だったと胸を張って言いたかったんです。私は繋がりを作るのが下手だからこそ、仲良くなった人は本当に心底大切にしたくて。好きだなって思った人に、嘘をつきたくなくて。だから辞めることも、心が決まったら早めに言いました。メリットデメリット考えて、人の気持ちも考えて、死ぬほど悩んで決めたから、頑張るとしか言えませんでした。お世話になった先生になんと言って良いかわからなくて、ありがとうよりもごめんなさいよりも、「これからの行動で示していきます」と言いました。

すばるくんはもっと私よりもいろんなものを抱えてて、もっとずっと沢山の苦しみと葛藤を吐きそうになりながら悩んできたんだと思います。だからこそ、私はこれ以上何も言えないんです。ものわかりのいいファンになんかなりたくありませんでした。だってこんなに苦しい。わかってしまうことが、わかった気になってしまうことが苦しい。勝手に言います。私の不器用さとすばるくんの不器用さに、似たものを感じました。馬鹿だなぁと自分で思いながら、そんな自分を貫いちゃうところも、変える気がないのも。甘える場所を、自分から離れちゃうのも。

辞めるなんて嘘でしょうと、すがりたい一方で、わたしはあなたの覚悟を知ってます。まぁ、ほんとは知らないのかもしれない、だって辞めるなんてこと考えてるなんて知りませんでした。でもファンになってから、いっぱいあなたという人のことを考えました。あなたに向けられてる感情も考えました。そのたびにすばるくんを好きになりました。だから私は私のすばるくん像を変えません。そして私の考えるすばるくんは、不器用で、愛の深い人です。

すばるくん、楽しかったですよね。私もあなたを好きな日々が楽しかったです。これからも好きです。関ジャニを好きになってからずっと、あなたの背中を見ています。すばるくんがセンターにいる関ジャニが好きです。でもすばるくんがいない関ジャニも好きになります。

みんなどんなに辛かったんでしょうね、何十年の付き合いを2ヶ月で折り合いをつけろと言われて。毎週顔をあわせて。みんな私たちには何も言えないなか、アイドルとして笑ってくれて、私はやっぱりアイドルってすごいと思いました。あんなにすばるくんが愛したメンバーが説得できないことだから、撤回は地球が四角になるより難しいことなんだと思います。彼らは誰よりもすばるくんのファンで友達です。メンバーとしての彼らより、ファンの立場にたった思いと、友達としての思いですばるくんと向き合ってくれました。すばるくんを奪っていく海外の音楽を、決意の翌日一緒に見に行ってくれました。もうなんの不満もありません。ありがとうしかありません。

すばるくんの退所の流れに、なんの不満もありません。

同時に、わがままなオタクとしての心情を書きます。箱推しでした。ジャムコンのあなたを見て、担当という感覚に触れました。確信が持てないまま、あなたのうちわを振ることができなくなりました。代わりにいつかあなたのライブで拍手を送るつもりですけど。

箱推しって、一人がかけても他がいるから大丈夫って思った過去があります。全然大丈夫じゃないです。あなたの赤が真ん中にない関ジャニを、張り裂けそうな思いで見つめる日がくるんだと思うことが怖いです。

すばるくん、またメンバーと笑ってください。横山さんの隣で支え合ってください。村上さんにボケてつっこまれてください。丸山さんとイチャイチャしてはドン引きしてください。安田さんに甘えてください。錦戸さんと照れ笑いしてください。大倉さんと馬鹿やってください。そんな姿を見ていたい、関ジャニのなかで、あなたの声が聞きたい。あなたの声を支えるために、関ジャニの楽器もハーモニーも生まれたのに。オタクは連れていかなくていいから、関ジャニを持っていってほしかった。すばるくんの大事な六人の友達、独り占めにしてほしかった。安田さんの「グループで」「7人で」と頑なに言い続けた思いを、あのときのレンジャーの真意を、こんな形で知りたくなかった。すばるくんに「どうおもう?」って聞いてほしい。オタクの返事が聞こえるところにいてほしい。

あまりにすばるくんがかっこよくて、批判も全部受け止めてるのがわかってしまったから、怒れませんでした、悲しめませんでした。メンバーが代弁してくれたのは嬉しかったけど、同時に私の思いを振り下ろす場所がなくなってしまいました。でも気持ちの整理は、私の課題だから、ツイッターで呟いたりぼんやりしたりしながら、飲み込んで、どうするか考えます。

私が辞めるとき、たくさん迷惑をかけた同期の机にお菓子を置いておいたら、メールで一言「ありがとう。頑張れよ」って返ってきて、タクシーのなかで泣いた経験があります。すばるくんのことだから、エゴを通すリスクも責任も自由も、本人痛いほど分かってますよね。生半可な気持ちでいく男を、関ジャニが許すはずありませんよね。

すばるくん
すばるくん

良い名前ですね。

ありがとう。
頑張ってください。

ほんとに嘘偽りなく、あなたの成功と関ジャニの成功を祈ってます。


オタクより

楽しくオタクするためにアドラー思想を参考にした

 ブログを開設して一年がたとうとしている。ツイッターもそのくらい。関ジャニが節目節目で肉を焼いてきたように、節目節目でジャニオタとしての話をしたい。

 先日、オタクとSNSについての心に突き刺さる記事を発見した。


yunokihana.hatenablog.com


 この記事にかかれた心情、隅から隅まで共感しかなく、今までの気持ちを総括してくれている気がした。そしてこの記事を読んでいて、私はアドラーの嫌われる勇気を思い出した。

 『個人のスタンス語り』に、かなり強気のタイトルをつけた。専門家から見たら癪にさわるような矛盾も含まれているかとは思うが、あくまでも自己解釈で自己啓発している。これがアドラーの本質だとは思わず、自身で読んだ上で参考にするか考えてほしいと思う。

SNSって難しい

 一年前の自分のツイートを遡ると、変わってはいないと思っていた自分にもだいぶ変化が起きていたんだなぁと感じる。フォロワー0だったときは私しか見ていなかったので、マナーなんかあまり気にしなかったし、ぽんぽん思ったことを呟いていたし、記事の文章も今より断定の表現が多い傾向がある。そのうちぽつぽつ相互さんができて、内輪でのノリで書いたことが、面白いって言ってもらえて、それがとても嬉しくて次の記事を書こうかなという気持ちになった。松原.のラブレターの言葉を思い出すたびに、私はこのころ書いていた記事を思い出してしまう。

 ある記事をアップしてから今までからは考えもつかないくらい記事がいいねRTされて、嬉しい反面怖くなった。叩かれるんじゃないかということ、私の不確かな解釈がその人の解釈になってしまうんじゃないかということ、次の記事のアイデアがでないということ、何もかもがいきなりすごく不安になった。どこまで回っていったのかわからないツイートの読み手に勝手に気をつかって、勝手に滅入ったりしていた。もともと気にしいでヘタレなので、SNSは向いていないと思っていたけれど、ジャニーズの話をできるのはツイッターとブログだけなのでやめたくはなかった。フォロワーが減るたびに何かしてしまっただろうかと悶々としていた時期だ。

・学級会恐怖症

 ツイッターでコミュニティができればまぁ仕方ないことかもしれないが、私はいわゆる学級会が苦手だ。人それぞれという結論に至るのに、答えがでないものに時間をさいて、ギスギスする空気が好きじゃない。「人それぞれだけど」という前置きをしながら、その実マウンティングのような圧の強い呟きが怖い。もちろん配慮で「人それぞれ」をつけることもあるし、表現に気を付けた上で諦めのように「人それぞれ」をつけることもあると思う。私もそうすることが多い。ただ、他の人の目を気にして、楽しいはずの趣味にこんなに疲弊しなければならないのかという悲しさも常にあった。

 じゃあ人の目を気にしていない呟きをしたいのかと聞かれれば、いやそれもなんか違う、と思う。少なくとも私は攻撃的なツイートが怖い。他の人の意見を許さない人のツイートが怖い。その人のファンの目の前で愚痴を言っている情景を、リアルに想像しては怖くなる。だから私はそんな風にはなりたくない。言葉のドッヂボールじゃなくてキャッチボールがしたい。私はそう思うけど、相手に「呟きだから」と発言の自由を行使されたらなにも言えなくなるのも確かだ。

 そしてマナーについて考える機会が不要だという極論を言いたいわけでもない。他の人の呟きを見てそうだなと気を付けるようになったことがたくさんあり、それはそれでよかったと思う。しかしどこからがOKで、どこからが駄目なのか、はっきりした定義を作るのは難しい。そもそも一ファンが解答するもんでもない、という思いがある。

 SNSには自由も責任もあるのに、どちらかだけが取り上げられやすい。確かなのは自由もあり、責任もあるということだけで、その基準はみんな違う。それはいいことでも悪いことでもなく単なる事実だと思う。しかしその事実を踏まえて私は結局どうしたいかというのは、毎度毎度分からなくなる。

 上記のように、自分には、「この人はこう考えてるからそうなのかもしれない、言い分もわかるな」とあらゆる意見を考えようとする性質がある。そして半年ほど前の自分は、その意見をすべて満たした人間になろうとして疲弊していた。めんどくさいと思いながらも、意見を言うほど強気になれず、それを言った後の人の目が怖いから、そこまでして言いたいことでもないかな……と思いこみ……ツイッターの裏で愚痴愚痴ぐだぐだ考えていた。実にめんどくさいオタクであった。(今も自分に関してはなかなかめんどくさいと思う。)

・変わる気がない

 アドラー哲学は言い訳を許さない。トラウマを否定し、自分がそうしたいからそうしてるんだという考え方をする。その理論でいくと、わたしは『苦しい思いしたいから』今の状況にいることになる。

 注意しなければならないのは、アドラー心理学において変えるのは「他者」ではなく「自分」であるということ。私は愚痴アカも攻撃的なアカウントも好きではない。でも突撃していって「私が楽しくないのでやめてください!」って言うのは我慢でもなんでもなく、したくない。「改心」してハッピーエンドになるかといえば大半はそうではない。その人にはその人なりの愛し方を持っていて、それが正義だと思っている。無関係な他人に踏み荒らされたところで、いくらそれが「正論」だったとしても、かたくなになるだけだと思う。
 私はそういう不毛な争いはやめたい。小学校の学級会は互いの意見をフラットに聞くのが当たり前だった。しかし、テレビでやってる議会は、揚げ足とって他人の意見をあまり聞く気がないように見える。ツイッターも基本的に一方向コミュニケーションなので、しかたないとはいえ後者のようになりやすい。相手と自分の両方に聞く気がなければ、突撃していって会話をしても多分結果は変わらない。

 そこで私は、嫌われる勇気に出てくる以下の二つの項目をなにかにつけて意識するようにしてみた。
 

①課題を分離する事
 信じるという行為もまた、課題の分離なのです。相手のことを信じること。これはあなたの課題です。しかし、あなたの期待や信頼に対して相手がどう動くかは、他者の課題なのです。たとえ相手が自分の希望通りに動いてくれなかったとしてもなお、信じることができるか。愛することができるか。アドラーの語る「愛のタスク」にはそこまでの問いかけが含まれています。(嫌われる勇気より)

②貢献感に幸せを感じる事
 他者から承認してもらおうとするとき、ほぼすべての人は他者の期待を満たすことをその手段とします。適切な行動をとったらほめてもらえる、という賞罰教育の流れに沿って。しかし、たとえば仕事の主眼が「他者の期待を満たすこと」になってしまったら、相当に苦しいものになるでしょう。なぜなら、いつも他者の視線を気にして、他者からの評価に怯え、自分が「わたし」であることを抑えているわけですから。
あなたの貢献が役立ってるかどうかを判断するのは、あなたではありません。それは他者の課題であって、あなたが介入できる問題ではない。本当に貢献できたかどうかなど、原理的にわかりえない。「わたしは誰かの役に立っている」という主観的な感覚を、すなわち「貢献感」を持てればそれで良いのです。(嫌われる勇気より)

自己洗脳といったら自己洗脳なのだけれども、多分行動には変化が起きてないと思う。
良くも悪くも、ただただ私が楽になっただけである。

・解釈違い、愚痴

 自己と他者の分離は、他人はどうでもいいという冷たいことばではないと思う。他の人を拒否するのではなく、自分の課題と相手の課題を分離する、ということだ。前者は私と相手が違うことをネガティブに捉えているけど、後者はフラットに捉えている。私がこういう考え方であることと、相手が違う考え方であることは全く関係ない。相手がこうだから私が何かをしなきゃいけない!とも思わないし、共感してもらえないから相手に考え方を変えてほしい!とも思わない。そういう風に捉えようと心掛けていたら、いけがみさんのように、たいていの解釈違いは「いい意見ですね~」と思うようになるし、愚痴アカ、悲観的なアカも「私は苦手だから見ません!」という単純な好みの話として処理できるようになってくる。

私が上に挙げた記事からアドラー哲学を感じたのは、
・自分とは違う人のことを批判しようとかではなく、理解しようと本気で考えたこと。
・相手と自分を尊重しようと考えていること。
・でもそこすらも分かり合えない事実を受け止めて、したらいいのにとは思っても、変わることを他人に強要しなかったこと。
・ただ、自分が悲しいと思った事実を誰にも否定させないと言い切ったこと。
このへんである。自己と他者の分離とはまさにこういうことだと思う。

 記事の例にあるように、「○ね!」とかはおかしいと思う。「人それぞれ」を免罪符にしてるし、絶対見習いたくない。でもアウトセーフを決める基準を誰が決められるというんだろう。「私はやっぱり嫌だ」としか言えない。誰かが批判する人は誰かの好きな人だ。私の好きな人がそんな風に言われたら悲しい。
 同時に、そういう人たちが変わらないことを受け入れている自分がいる。その人たちなりの論理がある。私にとって、他人が変わったらいいなぁと、関ジャニが彼氏だったらいいなぁは同じくらい非現実的な夢物語である。可能性は全くの0ではないが、その期待を押しつけて「裏切り」に胸を痛めるのはお互いとてもしんどい。それを踏まえた上で私ができることは、でかい声で「関ジャニが好きだ~~~!!!関ジャニかっこいいよ~~~~!!!!」と叫ぶことだと思っている。叫ばせてほしい。

・ブロリム

 私をブロックする人も、リムーブする人もいる。批判する人もいるかもしれない。ブロックされたら「私」の「見る」という行為もできなくなってしまうから正直辛いし凹むと思う。でもブロックはその人の課題で、辛いという気持ちは自分の課題だ。ポジティブな諦めを身に付けて、どうしようもないことに落ち込む時間を短くした方が楽しい時間は長いから、私はあまり沈んでいたくない。相手は私の悲しみに責任をとってくれない。怒りや悲しみのエネルギーを、関ジャニが好きっていう楽しい時間に使いたい。ニコニコ顔で「ブロックリムーブご自由に!!」とは言えないが、ブロックリムーブが自由なのは当たり前だと受け止めている。

・チケツイ

 私がチケット落選して、だれか他のファン(転売除く)が当選したときも素直に喜べると思う。その人が外れたら確率はほんの少し上がっていたかもしれないけど、私が当たったかはわからないし、なんにせよ今現在の結果は変わらない。その人が当たることで、嬉しい空気をTLに振り撒いてくれた方が、なんだかチケツイ一般頑張るぞと前向きになれる。
 壁打ちのときから、フォロワーが多い人が譲られやすいということについても、譲り条件に担当があっても、まぁそうだよね!というあっけらかんとした思考回路でいる。アカウントがしっかりしてると、トラブルになりにくい。絶対に楽しんでくれる人がいい。憧れのあの人と行ってみたい。どんな人に譲るかは、譲る人の課題だ。そして譲られる側も、本気で行きたいなら遠慮しないで声をあげ一般に望むのが譲られる側の課題だ。多分条件に見合わなければ、譲る人が弾いてくれる。そして譲られなくても憤る必要はない。(何度も言うが転売は除く。)

・アイドル

 同じようなことを関ジャニにも思ってる。恋愛スキャンダルが起きたらちょっと切ない。でも私の気持ちと関ジャニの行動には全く関係がない。嫌なら見ないように、言及しないように。私ができるのはそこまでだ。露骨に憤りをぶちまけて、周りをギスギスした空気にする方がよっぽど嫌だなと思ったので、マイナス発言はしないようにしてる。
 私は関ジャニに不満を持つこともほぼない。何事も都合よく変換して楽しませてもらってる。批評も専門家がすれば良いと思ってるので、私は私なりに誉めちぎる。マイナスな感情を抱くこともあるけど、言及のしかたは考える。嘘はつきたくないけど、ピックアップする感情は選ぶ。彼らは楽しませようとしてくれる。そして私は全力でそれを受け取りたい。とにかく楽しくオタクしたいという非常に利己的な信念がある。そのためなら多少の気遣いなんのその。
 私はアイドルとして関ジャニが好きなのだが、それ以上に人として彼らが好きだ。人としての振る舞いを望んでも、アイドルとしての振る舞いは正直プラスアルファだと思ってる節がある。ただ、これは本当に人の好きのなり方次第なので、アイドルを求めてしまうこと=悪だと捉えているわけではないことを主張しておく。アイドルという職業の線引きは人それぞれだ。

・担当

 私は今まで自分の好きな人に担当という言葉を使ってない。この担当問題によく葛藤していたのだが、最近は、ほしいな~~~ほしいな~~~と思う以上にほしくないんだと思うようになった。担当という言葉の定義が、ジャニオタと広辞苑では違ってると分かってるものの、やっぱり担当というのに抵抗がある。好きのはじめと終わりを区切りたくない。自担って言いたい、それ以上に言いたくない。そんなめんどくさい自分ですら、悩みたいから悩んでるんだなと暖かい目で(?)見守れるようになった。
 何度か担当ほしいなぁ~もう担当っていっていいんじゃないかな~期がきても、もはやなかば意地で名乗っていない。でもその気になったら名乗れるという心の余裕が、自由に生きて愛しなよという関ジャニの言葉が、私を楽にさせてくれているなと思う。

・フォロワー

 フォローしてくれてる人も、ブログ読んでくれてる人も、私と同じ「関ジャニが好きな人」。わざわざ見てくれてるくらいだから、私の一部の文章だとか、何かしらを気に入ってくれてるのだと思うけど、そこを「自分を好きな人」という関係でとらえ始めたら私はきっと迷走する。
 アドラーは承認欲求を認めない。自分も多分それで疲弊したので、自身は「なるべく」承認欲求をもたずに、フラットでいたいと思う。誉めてもらえるのはめちゃくちゃ嬉しい。承認に対する喜びは常にある。でも、それを目的にしたら関ジャニのファンアカウントじゃなくて自分のファンアカウントになる。あくまでも関ジャニについてのアカウントとして生まれて消えたいなと思っている。
 ブログを書いて、タグもやる。ただその理由は「貢献感」に対する欲にすりかえることにしている。何かをやるとき心の片隅に楽しんでもらえそうなものにしたいなという思いがあるし、やること自体に満足感を感じている。私の思うカッコ悪い呟きはしたくなくて、でもストレスも貯めたくない、というワガママをかなえてくれるのが、この貢献感なのかなと思う。

自由に生きて愛しなよ

 アドラーの解釈は、下手したら自己中心的にうつる。私も初めて見たときはその傲慢さに、そういう人がいるからTLが荒れるのだと思ったし、実際、自分に素直に生きれば良いんだ!とだけ受け取ってしまう人もいるんじゃないかなと思う。

 でもそういうことじゃない、と私は解釈している。アドラーは人のことを考えることを推奨している。その上でアドラー哲学は「人それぞれ」を悲観的にとらえない。「誰かのため、~せねばならない」という無意識の責任転嫁を許さない。「~のため」にしてしまうと、自分の思い通りにいかなかったときに勝手に憤るしかできない。でも「実際その人のためになるかは分からないけどもしかしたら喜んでくれるかもしれないし、そんな手間でもないからやりたい」という自分の欲求として捉えれば、嫌ならやらなければいいという心の余裕を持ちながら、楽しい呟きを心がけてる自分偉い!という自己肯定感まで得ることができる。考え方ひとつなんだけれど、とにかく楽に生きれる。
 以前は「お花畑(笑)」と呼ばれることに「そうだよね……ごめんね……」としょげていたが今はたぶん「うるせ~~~~~~!!楽しんで何が悪いんじゃ~~~~~~!!!!!」と開き直っている。(第三者的にこれがいいのか悪いのかは本当に分からない)
 共感は嬉しいけれど重要じゃない。私が満足するかが大切で、その満足感が楽しいオタクには必須なのだと思っている。

苦しむために生きないで あなた自身を愛してくれ

 私や誰かと同解釈じゃないなら、関ジャニを好きだなっていう気持ちをその人と分離すればいい。自分のスタンスは、誰のためでも、誰のせいでもない。同時に、誰かのスタンスも、私のためでも、私のせいでもない。ジャニオタ界隈には、楽になりたいけどああはなりたくないと言って、がんじがらめになっていく人がいる。仕事ならともかく、そんな疲れた気持ちに鞭打ってでオタクをするのはもったいない。アドラー思想は、自分の行為はそのままに、気持ちだけ楽にさせてくれる気がする。おすすめしたいのだが、こういう書き方すると宗教の勧誘みたいになってしまうから困る。そのようなあれではない。

 そして読んでくれた方のなかに、私と違う思想の人はいると思う。「こんなこと思ってたんかい!」とリムブロされる可能性もあるから、意見をいうことはすごく怖いし、大して楽しくもない。味方もできるだろうが敵もできる。だからヘタレで楽しいオタクでいたい私はツイッターではあんまり考えをのべない。でもまぁ素敵な記事に感銘をうけて、せっかくだから自分もたまには自身のことについて語ろうかと思った。だれも攻撃する気はないことだけ分かってほしい。

 もともとはネガティブな人間だ。でもどうせなら楽しまなきゃ損だと思って考え方を変えた。
 私は関ジャニが楽しくアイドルできて、みんなが楽しくオタクできる世界が一番幸せだと思うし、そういう世界に住みたい。そんなことを内心考えながら、SNSに生息している。

【ネタバレ】イフオア感想とか

 イフオア、それは村上さんとの内緒話の場。ブリーゼとグローブ座は、限りなく狭い村上さんの遊び場。10年という長い年月続けてきたこの場所はもはや村上担のみならず、エイターの神聖な場のようなイメージがあります。

 私は友達に誘われたコンサートの帰り道、よく知らないくせに「イフオアにいつか行ってみたい」と言っていたくらい、イフオアという場所に憧れがありました。ファンクラブの名前も、ジャニーズ目当てで買った雑誌も、ツイッターを始めた最後の一押しも、いろんなことの初めてが村上さん。今回初めての舞台をこのイフオアに捧げることができて本当に幸せな気持ちで感想文を書いています。日記なので、時系列でだらっだら書いていこうと思います。安田さんも来ていたという、2/24夜公演です。(気づきませんでした)

入場前

 ジャニショで買ったNOROSHI村上さんを見てイメトレをしながら緊張で吐きそうになっていました。トイレ前のゴミ箱の蓋が紫で、ゴミ箱にすらドキドキしました。来ている人の年齢層は幅広く、二、三十名義持ってるマダムっぽい人から、勉強してる女子高生まで。年齢高めの方のほうが、紫色意識してるなという印象でした。入り口はいって左横に、100均にありそうな簡素な茶色い布編みボックスがあり、そこに手紙を入れることができました。入場間際に思い出して投函しました。(飛行機が遅延したので夜中の0時~3時くらいまで書いてました。あいうえお作文は私にとってのファンレターみたいなものなので、結局文章はほぼそれにしてしまいました。冷静になった今、このブログの存在が万が一にでもスタッフさんに知られませんように……!と思っています。)ボックスに入っていたのは10通くらいでしょうか。私は神様への絵馬のような気持ちで入れておきました。 席は、一階後ろの方、通路横の席で、神席です。村上さんと同じ空気が吸えるところはだいたい神席ですが、ここなら村上さんに何かあったときとんでいけます。個人的に映画館なら一番に選びたい席でした。舞台は『If』『or...』『Ⅹ』とかかれたボックスに囲まれたステージ。中央にスクリーン。answer等々、関ジャニの音楽が流れていました。

本編

 紫のライトが四方八方にとび、開幕。
 場面は村上信右衛門の殺陣シーンから始まります。これが死ぬほどかっこいい。「討ち取ったり~~~」と敵首を掲げるものの、『それは影武者です!』『別人です!』と言われ、てんやわんやしながら舞台のあっちこっちで戦闘シーンをやってくれます。クロニクルのるろうに剣心を思い出しました。斬る側でも全然いける、と。かっこよすぎて終始息をのみ、笑うことすらできず、真顔で本当に申し訳ありませんでした。まじでかっこいいです。現代のサムライ。最後にⅩの字に刀を振り下ろし、暗転。ムービーが流れ始めます。
 ムービーは歴代のイフオアを振り替えるような構成でした。最後のイフオアⅩの映像が出たときスタンディングオベーションしたくなるレベルです。いいようのない感動に、初見オタク、もはや虫の息です。

 場面かわってスクリーンは夜の海。宴会の場面のようです。船の先を模した台の上で、酔っぱらいながらイカを食べる村上さん。さっきとは一点かわいらしいお姿に、思わず頬も緩みます。普段酔っぱらってからんでるときこんなのだったらと思うとしんどいです。言葉遣いはただのくだ巻いてる柄悪い人で、そこもたまらなかったです。「酒持って来いっつとるやろがァゴルァオイてめあほんだらコラァッ!!!!!!!」(ニュアンス)です。しかもこの場面がまるで大河ドラマのような雰囲気で、興奮することしきり。殺陣の流れから、酔っぱらって、方言混じりの宴会。方言は指導まで受けたそうです。途中からもう「大河じゃん!!!!!大河じゃん?!?!?!」と1人興奮して悶えてました。関ジャニの中で一番武士というか郷士の雰囲気が似合うのは村上さんだと思っていて「オファー来て、お願い、オファー来て、逸材がいるんだよ……!!!」と祈るような気持ちでいっぱいでした。歴史好きにはたまらないワンシーンです。
 宴会が進むと、天候が悪くなり、村上さんは迷信と笑い飛ばしていた黒流という渦?に巻き込まれてしまいます。暗転し、ムービーは海に沈んでいく村上さん。そしてなぜか落ちた先にはタイムマシンがありました。「深夜割り増し料金」になり動き出します。ぎゅんぎゅん高速で未来に進むタイムマシン。背景で流れる未来の年表。ほぼ忘れましたが、村上さんがSHINGO(シンゴ?)#に改名する未来があったきがします。

 さて、たどりついた先は海岸線。水がまがまがしい紫?緑?色で、背景には鉄のかたまりが転がっています。寝惚けてるのか、二日酔いの朝のようにぐだぐだする村上さんがかわいい。「起こしてっ」と言って仰向け状態で腕を天に伸ばす村上さんを見て思わず顔をおおって天を見上げてしまいました。一秒でも見逃すのがもったいないのですぐやめましたが、かわいさにキレそうになったのは久しぶりでした。その後ようやくみんながいないことに気づいた村上さん。「みなのしゅうにあいたいのう」「わしゃひとりじゃなにもできん」「甲冑ひとりで着たり脱いだりできん」と嘆く姿にリアルを重ねて胸がぎゅっとなったファンがほとんどではないでしょうか。刀を鞘に納めて「おさまった~~~!!!」、それをおそるおそるタイムマシンに当てて、「当たってもうた~~~!!!」と、現実であることにがっくりする村上さんもかわいかったです。

 そんなところに、女装した村上さん(映像ですが)がやってきます。近未来のスーツを着た女性で、ハイテク軍という一味の一員のようです。ほっぺをぷくっとしたり、あざといのなんの、メイクでぱっちりした目がほんとにかわいい。いやそりゃ女装毎回入れられるわ。「アナログ軍(ハイテク軍が敵対している組織)じゃなさそうだし、知ってる人に似てたから」助けてくれたのだそうです。未来的な装置で村上さんが過去から来たらしいこともなんとなく把握し、現状を教えてくれました。とはいえ村上さんにはちんぷんかんぷんなようです。混乱しているところに、女性の上司らしき人が乗ってる(操ってる?)マシンがやって来ます。そして村上さんには大して構わず、女性だけを乗せて去ってしまい、村上さんは一人で放ったらかしにされてしまいます。
 その後、アナログ軍の襲撃にあい気を失った村上さんは、手錠をかけられ閉じ込められてしまうんですが、まぁこのお姿がセクシー。覆面をつけたアナログ軍の人にビンタされたり、叩かれたり。「やめろ~~~!!!」と思いながらそれでも真っ直ぐな瞳に、オタクは「サムライだぁ~~~」と泣きました。いやはや感情が忙しかった。続いてアナログ軍との問答が始まります。

「名前は?」「年は?」「身長は?」「体重は?」「夢は?」
→さらさらと答える村上さん。26歳、五尺六寸、十六貫、だそうです、自分のいまの年齢からイフオアの年齢引いたのかな。

「血液型は?」「マイナンバーは?」「メールアドレスは?」
→天然出さずにきちんと知らんって言ってました。

「好きな歌は?」
→「我が軍勝利の歌」歌うように指示される村上さん。

 これがLOVE&KINGの替え歌で、それに気づいたとき会場が一番わっと嬉しそうにわきましたね。ああほんとにここは村上さんが好きな人の集まりなんだって感無量でした。歌詞は水軍バージョンになっていて、カウントも「ひい、ふう、みい!」。真面目にふざける村上さんの姿に自然と楽しい笑いが広がりました。(かっこよかったですよ!)
KINGについてはいろいろあったと聞いていますが、それをこうやって舞台に取り入れ、貫きながらも、笑いに変えてオタクを安心させてくれる。村上さんの優しさとかユーモア心とかを感じて、素敵だなぁ、かっこいいなぁとじーんとしてしまいましたね。いや爆笑もしたのですが。

 さて、なんとか納得してもらった村上さんですが、今度はハイテク軍との戦いに協力してほしいと言われます。なんでも、ハイテク軍が人間の生活を便利にした分、その排水で海が汚れてしまったのだそうです。アナログ軍にはハイテク軍に対抗するすべがなく、はったりでごまかしているようす。「『イフィッシュ』という伝説の魚(炎水雷を操る)を捕まえたら、自分たちにも勝機があるかもしれない。異世界からきたお前なら釣れるかもしれないから、タイムマシンを(直せたら)直す代わりに釣ってきてほしい」と言われます。村上さんは「やるだけやってみるか~~~」ということで釣りざお片手にカオデ海へ。この移動~釣りのシーンは『どうぶつの森』ならぬ『ぎょかいるいの海』のパロディとしてスクリーンに出ており、遊び心が感じられます。時事ネタを組み込んでくる感じ、オタク心をくすぐられますね。

 暗転後、なんと一階席で我々が入場してきた扉から自転車で村上さん登場。数メートルの距離に村上さんがいて、アワアワパニパニしました。自転車をこいでステージ前まで行ったところで自転車を止めて、ここでお昼ご飯。メニューが毎回違うようなのですが、私が見たときは魚肉ソーセージ。食べ方がわからないらしく、目の前のファンに「旅のお人、開けてくれんか」って差し出す村上さん。ヨコヒナええやんの「めくれへん」を思い出します……。ファンのかたも緊張したのかなかなか開けれず、爪にソーセージが詰まるまで頑張っていました。それに気づいた村上さんは「めっちゃつまっとるやないか!拭くもの……(鞄探す)(優しい)(お母さん)……無いからねぶっとれ!」と言ってました。むいてる間も、自転車の椅子に座ってじーっと待ってる村上さんはぬいぐるみのようでした。包装を少しめくった状態で渡され(ファンの方が多分「(包装を)引っ張って」と言った)ところ、「こういうこと?」とファンとソーセージ引っ張りあいする一幕がありました。とても和みました。包装とソーセージどっちが食べ物か分からず、「どっち?こっち?」と聞く姿も愛らしかったです。 ボトルを開けるところでもボケる予定だったんでしょうが、普段通り開けてしまって本人爆笑。午前の部でもやってしまったそうで、天然なのか確信なのかわからないけど胸がぎゅんぎゅんしました。

 いよいよ釣りです。(この間に自転車が片付けられ「パクられた!!!!!」と叫んでました。)釣り上げるものは色の反転したタコ、変なイカ、麺づくり、ハイチュウ、チョコモナカジャンボ(曰く瓦だそうです)、おっとっとというラインナップ。どうやら平仮名しか読めないようで、おっとっとが出たときは「読めた~~~!!!」と嬉しそうに言っていて、オタクの親心が爆発しました。次に釣り上げたイフオアグッズに「わしじゃ!綺麗な二重じゃ!」と自画自賛していました。(確かこの場面……)めちゃくちゃ頷きました。ようやく釣れたイフィッシュは、なんともかわいらしいジンベエザメのぬいぐるみのような姿。炎はライター程度、水はおしっこかけるくらいでしたが、雷の威力はすごい。さっそくハイテク軍との戦いに赴きます。

 対峙するのは自分を助けてくれた女性。「自分で助けた人を自分で倒すのも悪くないわ」と言って恐ろしい強さでアナログ軍をやっつけていきます。なお、この女性はWhotuber(Youtuber)らしく、自撮り棒を使いながら映像で実況してくれます。こんなあざとい村上さん、イフオアでしか見られません。ひなちゃんクーイズや、公開録音のときの萌え袖ひなちゃんを想像してください。あれがずっと続きます。下にはリアルのかっこいい村上さんが甲冑着てます。箱推しは常時「どこ見れば?」と思ってますが、一人舞台でもこんな思いをするとは予想外でした。結局大砲に自らが入り、飛んだ勢いで機械のコアを破壊することで勝利。女性をお姫様だっこして「借りは返したぞ」と呟く村上さんがかっこよかったです。

 さて、ハイテク軍とのボスとの決戦。このとき、舞台の手前にスクリーンがもう一枚降りてきて、これに雨の情景や波が投影されることでとんでもない立体感と迫力を出しています。攻撃のビームなんかもすべて映り、それにあわせて避けたり、受け止めて跳ね返したりといったシーンがハリウッドばりにかっこよかったです。さて、戦闘シーン。イフィッシュも手伝ってくれるのですが、敵の強さの前に倒れてしまいます。激しい戦闘、そして見えた敵将の素顔は、なんと村上さんにそっくりでした。(いやまあ本人ですが)ハイテク軍の大将は村上さんのご子孫だったのです。「自分を倒すと家系は途絶える。それでもいいのか」と大将は言います。アオリの『血を選ぶか』というのはこのことを示していたのでしょう。(さらにパンフレットにはこの言葉の続きが載っていて、二つで一組の言葉となっています。ミステリーの種明かしのような爽快感でした。)それでも村上さんは、綺麗な海をとりもどすことを選びます。Ⅹの字の太刀筋で大将は斬られ、そして戦いは終焉を迎えます。

 エピローグでは、アナログ軍がハイテク軍と共にいきることを選んだこと、村上さんがこの地に残ることを決意したことが述べられます。一件落着かと思いきや、ふとしたはずみでタイムマシンが動きだし、村上さんは更なる未来へ進みだします。「わしゃもう未来はこりごりじゃ~~~!!!」という叫び声で物語は締め括られます。きっと未来でもまた誰かを救ってくれる、そんな期待とわくわくに満ちた終わりかたでした。

 スタッフロールではメイキングが見れます。映像が多いので、楽しそうにいろんな表情を作り、それを自分で見ては爆笑する村上さんがとても愛しかったです。

先生

 これで終わりかと思いきや、「先生」というコーナーがありまして。恒例らしいのですが、白衣を着た村上さんがジャニーズをいじりながら講義をしていくという仕様です。出てきたときに、村上さんがぜえはあ言っていて「1日2講演はもう無理やな!」って言いながら水を飲んでいました。休ませてあげてほしい、でもそんななか少しでも多く日程作ってくれてありがとう、いろんな思いで胸がつまりました。
 今回は何かと話題な相撲(紙)形式で。最初に背中に『キ』『ン』『グ』『&』『クイ』『ーン』と文字がかかれた紙力士が円状にならんでいて、ぐるっと一周させて見せてくれました。ただの紙相撲ではおもしろくないので、他のグループは以下の素材になってるそうです。

V6:和紙(岡田さんの出演作品のコール&レスポンス、みんなで井ノ原さんの顔を想像しました)
嵐:超合金(頭は櫻井さん胴体は松本さん左腕が二ノ(左利きだから))
TOKIO:木
セクゾ:薔薇
関ジャニ:札束(集まったら強いみたいなことも言っていてちょっときゅんとしました、せごどんの顔になってるのも愛)
west:ぺら紙
KAT-TUN:亀
A.B.C-Z:カエル
キスマイ:ローラー
NEWS:新聞(手越くんは三文記事に由来「最近静か」)

ここで、メンバーについて言及するパターンもあるようですね、私は「ヨコとすばると、相葉ちゃんをカッペと呼んでいた~」というエピソードくらいでした。(「田舎もんや!って笑っとったけど俺らの方が田舎もんやな!」と言ってました。)番付をやっているようで、今場所のとりきめは

Hey!Say!JUMPvsNEWS
セクゾvsキンキ
嵐vsKAT-TUN

となりました。北と南になってる理由は、「関ジャニが東で嵐が西なことに対し、アンケートでやいやい言われてやかましかった」からだそうです。
最初のとりきめは、きちんとひとつひとつ塩まいたり、行司したり。人形遊びしてるちっちゃい子みたいでかわいかったですが、途中から雑になりました。二回くらい力士ものまねもしてくれました。

 Hey!Say!JUMPはバネなんですけど、思ったより動かず、NEWSが自滅しました。キンキは、塩がガラスの底についたのが原因で負けてしまいました。まきすぎたかな、といった顔で申し訳なさそうにしてました。嵐とKAT-TUNは大盛り上がり。「向かい合ったときに卑猥な構図になってしまうから、亀を立てるようにして、首も前に出るようにした」という風なことを言っていました。配慮ができる男です。

開始早々下がっていく亀さん
→村「びびるなよ~~~!!再始動したんだろ~~~?!?!」
回転して村上さん側に向く亀さん
→村「なんや?!ああ?!やるんか?!」
さらに回転し嵐超合金と同じ向きになる亀さん
→村「2対1か?!?!ああ?!?!コノヤロウ!」

ずっとかわいかったです。結局亀さんが負けて「二回くらいやり直したったからな!これで負けるならしゃあないやろ!」とご満悦でした。

カテコ

 フリートークはグレー?白?のニット帽に、白インナー、サイドに白ラインの紺ジャージ、底白の黒スニーカーで登場。内容をかいつまんで書くと、

・新マネージャーとスタッフと昨日飲みにいって、新マネージャーが、丸山さん仕込みの「寿司ざんまい!」のネタをしようとした際に勢いよく転んでてウケた
・よくダイビングに行くおっちゃんが最近アル中みたいに手が震えてる

という話でした。なんだか落語みたいでもあり、ほんとに世間話のようでもあり。特に記事に書くこともないくらい、ただただ嬉しそうに話す村上さんを見ながら、うんうんって聞いてる彼女気分を味わいました。(図々しいです)

楽しかった

 感想は以上です。こうやって書いてると、改めて、楽しかったな~~~という多幸感に包まれます。ほんとうに楽しかったです。村上さんがやりたいことを、村上さんに見せてもらえることが、本当に私は嬉しかったです。かっこいいもかわいいも見せてもらって、1人で初舞台も遠征も不安だったし、罪悪感もあったけど、全部吹き飛ぶくらい楽しい一時でした。舞台をいろんな人に見てもらったら、舞台出のファンだってできる。でも確かに舞台でしか感じない迫力があって、ライビュや円盤では軽くなってしまうかもしれないと……悔しいけどそんなことを思ってしました。(イフオアは特に)行けるのはほんの少しで、村上さんの体調を考えたらたくさん公演するのも大変で、行けたのは宝くじにあたるくらいの奇跡だったと思ってます。少しでも行けなかった人に空気が伝わったらいいなと思います。



余談(他担がイフオアにいきたいと思うことはだめなことなのか?)

 私は村上さんの担当は名乗っていません、だから自分の名義で当てたチケットですら行くことにすごく後ろめたさがありました。でも好きの気持ちって他人と比べられるわけがなくて、私の何番目かの好きが、担当の人の最上級の好きより劣ってるとかそんなことはわからないんです。私は本当に行きたくて行って、誰かに叩かれたとしても、行ってよかったと心底思っています。
 チケットが譲られるかどうかは、譲る人次第なので、条件に担当があろうがなんだろうがいいと思うんです。絶対に楽しんでもらえる人に見てもらいたいというのは当然の心理です。ただ、私が箱推しだからもあると思うんですが、担当じゃないけどその舞台を見たくて行く人を責めないであげてほしいなと感じます。チケットが当たったことを素直に喜べないのはなんだか悲しいです。
 私の入った公演では、自転車で進む村上さんに手をのばして触れた方がいました。村上さんが怪我をしたらどうするんだと立ち上がりそうになりました。彼女が村上担かはわかりませんし、村上担に優しい人、マナーがいいひとがたくさんいるのも知っています。だからこそ、本当に大事なのは担当じゃなくて、そういうマナーを守れるか、一緒に村上さんの舞台を暖かい空気で楽しんでくれるかだと思います。私なら、好きさ余って村上さんを危険にさらすような人よりも、「すごく見に行きたいけど村上担が行くべきだろうな」と身を引いた人に見てほしいと思いました。
 行く行かない、譲る譲らない、全て当人の自由だと考えています。行きたいなら行けるように努力し、譲られなくても苛立たず、人の当選に腹をたてないように(高額転売は別です。それ目的の応募が増えるので)、そんなふうにオタクやっていきたいなと思いました。

関ジャニメンバーの愛の形について考える

※今回は特に、個人が考えたことのメモのようなものです。全ての彼らの発言を網羅しているわけではありません。
 断定の表現は避けるよう努めていますが、解釈違い等気にされる方はご高覧お控えください。
 
「愛されるよりも 愛したい本気(マジ)で」
言わずと知れた、KinKi Kidsの名曲のワンフレーズを何度も唱えていると、「マジで……?」という想いに駆られます。愛は永遠のテーマと呼ばれるように、凡人にはなかなか答えが出せません。しかし、関ジャニならば、何と答えるだろう?どういったフレーズになるだろう?恋愛、友情問わず、彼らの愛の形ってどんなものだろう?KinKi Kidsのワンフレーズを独断と偏見で言い換えてみて、なぜそれがしっくりくると感じたのかな~と考えたことを書いてみました。


錦戸さん「愛したひとに愛されたい」

錦戸さんの発言を見ていると、愛情表現に抵抗を感じない人だなと思います。とてもストレートな愛の形です。手をつなぐのも、ペアルックも抵抗が無い。毎日好きって言いたいし、キスもしたい。愛されたいとかどうのこうのより、好き!がまずどかんと来るような気がしています。

錦「「あの人好きやー!」って騒ぐからね。基本的にひとめぼれなんやけど、一度好きになったら俺からは嫌いにならへん。好きな人の言葉はすべて「愛してる」に聞こえるし」(2007)

でも錦戸さんはとてもさみしがり屋です。メンバーを飲みに誘って断られしゅんとしている錦戸さんを見ていると胸がはりさけそうになります。錦戸さんは警戒心が強いですが、心を許した人にはデレデレになってしまうし、同じくらいの愛情を求めてしまうタイプな気がします。どっくんと呼んでほしい、ドラマも見てほしい、「俺のこと好きでしょ?」に対する返答が「嫌いやないけど」だったら「何で好きって言ってくれへんの?好きって言ってほしかったのに!」とすねてしまう。好きな人に求められたい欲求も、相当強いのではないかと推測します。



村上さん「自由に愛し、愛されたい」

村上さんは互いに束縛するのを嫌いそうだな~という発言をよく目にします。そりゃあ愛されたら嬉しい、愛すのも楽しい。でもあくまで一個人としての独立性を大事にしたい。好きになるのも、好かれるのも、他人に迷惑かけない範囲で、自分も相手も自由にしてこその愛だとと思っている気がします。共依存を愛とは呼びたくないように見えます。

村「盲目な恋愛はしたくない。入りこむとフラットでいられへんから。あからさまに顔に出よるからなぁ」(2007)

自分の価値観を大切にしてるし、相手の価値観も尊重したいから、こういう愛のかたちになりそうだと思いました。相手に求めるハードルは高いですが、相手にそれを強要することはなく、それに合った相手を選ぶだけの話かと思います。とはいえ、村上さんはふと思いつきのようにいろんなものを覆してしまう気もするので、とにもかくにも自由度の高い愛の形になりそうな気がします。


安田さん「愛したい」

どストレートですが、好かれたら嬉しいな、ありがたいな、くらいしか、他人からの愛を求めていない気がします。それがもともとそうだったのか、そういう風になろうとした結果なのかはわかりません。何番目かに愛してくださいっていうのも、人からの愛を強く要求できない(しない?)安田さんの雰囲気が出てる言い方だなと思います。なにかを愛することに幸せを感じられる人だと思うので、愛されたい欲望についていろいろ語るより、まずぱっと愛したいってはっきり言うタイプに見えます。愛します!と宣言してそのまま愛してくれそうです。

安「去年の自分の誕生日に「産んでくれてありがとう」と両親にメールを送りました。ありがとうと言うのは簡単だけど、何回言っても伝わりにくいものだから、何回でも何回でも言葉にするようにしています」(2009)

一番なにかを愛することに抵抗がない人だと思います。執着はあるのかないのか分かりませんが、新年会でどっきりだとわかったときのあの表情の推移をみる限り、表には出さない、というか出したくないんだろうなと思います。


大倉さん「愛されたい」

決して愛したくない訳じゃない。嫌いな人には嫌われたって構わないという気概も持ち合わせている。そうは思うのですが、「愛したい!」という欲求よりも、「え、愛されたら普通に嬉しいやん?」という素直な気持ちを持っていそうなところに焦点を当てました。好きな人はきちんと大事にするとは思うんです。しかし「この人を愛したい!」と思って誰かを愛する人とは違うかな~と思います。自然と好きになっていた、みたいな愛し方をするように見えます。男兄弟の中で育ったのもあり、理想は高いとは思いますが、相性さえ合えばそれは覆ってしまいそう。だから「愛する」ことを意識してるような「愛したい」という言葉は省きました。

倉「プロポーズは言われたいです」(2014)

倉「守ってあげたくなるけど、僕を甘えさせてくれる、そんな子が理想かも」(2006)

無理したり苦しんだりする愛なら、しない方がいいと思っていて、穏やかな、夢のある愛を求めているような気がします。


丸山さん「愛したり愛されたりしたい」

村上さんの「自由に愛し愛されたい」との違いは、村上さんは「俺が愛したい人がいる」&「俺を愛してくれる人がいる」という印象に対して、丸山さんは「愛する、愛される」が流動的なイメージなのです。丸山さんは同じ人を愛したいときもあれば、愛されたいときもある、そういう自由さが感じられます。さらに愛に関して「~したい、~してほしい」という願望が強そうにも見えました。

丸山隆平恋人の条件
・僕が大切にしたいと思える
・僕を誰よりも大切に思ってくれる(2006)

亭主関白とはちがうんですが、愛に関してのマイルールやこだわりを強く持っているのではないかというのが丸山さんの印象です。「俺が思う分には自由だし……」くらいのちいさな欲望が、心のなかにいっぱいある気がしました。恋の駆け引きも好きそうで、とはいえふとした瞬間にめんどくさくなったりもしそうで、曖昧な流動体のような好きの形なんじゃないかなと思ってこの言葉にしました。


横山さん「愛されるより愛したい」

まんまです。これが一番似合うのが横山さんかなと思ってます。ファンサ傾向を聞く限り、もらった愛に真摯に答えてくれる人だと思います。愛されたくないわけじゃない、ないんですが、横山さん自身は、他人の愛というものに振り回されたくないんじゃないかなと思います。愛されるのは嬉しいしありがたいけど、俺の愛は「俺が」決めるっていう亭主関白さ(?)が感じられます。

【恋に落ちたらどうなる?】
横「変わらない」(2007)

横「10代の頃から常に相手のことを考えてた。自分がめっちゃ好きやったとしても相手が自分以外と付き合った方が幸せになれるんちゃうかと思ったらどんなに好きだったとしても諦める」(2015)

愛されたから好きになるとも限らないし、束縛されるのも嫌い。でも愛した人は本当に大切にします。愛されるよりも、愛したいという比較の表現がぴったりくるなぁと思いました。


渋谷さん「怖いけど愛したいし愛されたい」

安田「渋やんは愛を与えてもらったら愛で返してくれる人。素直で嘘をつかない人」(2010)

渋「僕はフラットでいたくない。フラットを保とうとしてもムリ。失恋したらしたでええやん。その気持ちを音楽に生かせば。彼女ができたらあったかいHAPPYな詞を書けるやろうし」(2007)

渋谷さんは繊細だしひとりひとりにかける愛が重めなので、いろんなことを怖いと思いながら愛し愛されてると思います。愛して依存して傷ついてしまうことは怖いけど、愛することをやめたくないように見えます。傷ついても、ひっくるめて愛って良いなぁって思える人だと思うので、愛することも愛されることも本質的には好きだと思います。「俺にはお前らしかおらんねん」と言ったり、他の人のところに行ってしまうことにおびえたりするのが渋谷さんの根っこの性質なんだろうなと感じます。今はメンバーに対しての依存度はそこまでではないかもしれないけど、それは信頼が不安を上回ったからであって、基本的に渋谷さんの愛は不安と表裏一体なのではないかと思います。丸山さんや錦戸さんのように相手からぐいぐいこられた場合も少し引いてしまう傾向にあるような気もします。少し臆病で、でも誠実な愛なのかなと思います。



恋愛にしぼらず、対ファン、対メンバー、対友人、ぼんやりとした愛の形について考えました。時間がたって変化した部分もあるだろうし、わからないのが当たり前で、でもこうやって、好きな人が何考えているのかなと考える時間は楽しいです。他人から全く愛されたくない人がアイドルになるわけがないということが、ただ一つはっきりしていることかなと思います。今後も彼らの迷惑にならない範囲で好きを発信していけたらなぁと感じる今日この頃でした。


メンバー発言はエイトの愛言葉bot様を参考にさせていただきました。