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じゃにずについて考えたいだけのブログ

じゃにずの皆様(関ジャニ、セクゾ中心)について、ただひたすら尊敬の念を込めてすげーなすげーななんでだろーっていうだけのブログです。

ファンからアイドルへのマイナス意見について考える

アイドルに対するマイナス意見について

 アイドルは生き方ですというロマンチックな思いもありますが、同時にアイドルは職業です。彼らは事務所の職員として働いてお金をもらって生きている、社会人です。

 芸能界で生きている彼らは他業界で働いている人よりも多くの批判にさらされるリスクを持っています。ただ、私は「○○君なんだから全てOK!」という頭の悪い解釈が大好きです。私もどちらかというとひたすら推しを良いようにとらえて「かわいい~~~~最高~~~」と言いがちなので、毎日Happyです。

 とはいえ、世の中アメとムチ。TV、コンサート、音楽、全て娯楽の一種ですから、面白くなければ批判を受けるのはまあ致し方ないでしょう。オタクの盲目的な愛と、一般人の冷静な批評の間で彼らは生きていくのです。だって芸能人だから。そのため、ファンの人が一般人からの批判コメントにトンデモ理論で特攻していくのは、傍から見ていてあまり好ましいとは思えません。その分オタクがでろでろに甘やかせばいいんじゃないかと思ってます。

 しかし、担当が行き過ぎた愛をこじらせてしまう(ように見える)ケースもあります。そういったファンからのマイナス意見の理由づけとして汎用されるのが「お金払ってるんだから」という、とてつもないパワーワードです。私たちは何に対してお金を払っているのかというのは、オタクをやっていく上で避けられない問題であると常々思っていたので、それを踏まえてマイナス意見に対する解釈をぶちまけたいと思います。

 

①「見たコンサートが、聞いたCDがつまらなかった」

 これはオタクじゃなくても言いそうなワードです。エンターテイメント性にお金を払ってるというのは大賛成です。むしろこういう意見がないと、大衆に受け入れられず、オタクも離れ、寿命の短いアイドルがさらに短命になってしまうかもしれません。芸能人はそのエンターテイメント性で売れる売れないが決まって生活に直結するので、素直な感想を(届くかどうかはさておき)述べるのはいいことだなぁと思います。消費者から意見を発信するのは大事です。

 

②「恋愛スキャンダル無理」

 これはアイドル性を売りにしている芸能人特有の問題でしょう。異性アイドルにハマる人の大抵は、スキャンダルが出るとちょっともやっとしたりもするわけです。「あの子はふさわしくない」とか思っちゃったりするわけです。「もういい大人なんだし、彼女の一人や二人」と納得しようとする一方で、やっぱり心のどこかで人のものになってしまったアイドルに切なくなる。自分のものにならないのはわかってるけど、他の人のものになってほしくもない、でも好きな人には幸せになってほしい。三重苦ループに陥る優しいファンの肩を「わかるよ……」って叩きたいです。多少理解が得られるようになったものの、アイドルは処女性?が求められる職業です。だからこそ多感な時期にこんな職業を選んだ彼らを(特に中島健人さんのストイックっぷりには)、尊敬してやまないのですが、それは話が脱線するのでまたの機会に。

 とにかく、私はアイドルのスキャンダルが出た時に「辛いやだ」って吐露している人に、「別にあんたと結ばれるわけでもないし、彼らもいい大人でしょ…」って言ってる人を見ると、「もうやめて!!!彼女だってわかってるのよ!!!!」って叫びたくなります。大抵のオタクは、自分と彼らが結ばれる可能性がものすごく低いことを分かってますし、大人なんだからおつきあいくらいしてて当然とも思ってます。でも夢を見たいからアイドルにお金を払ってるんです。異性のにおいがあるの興奮するという、理解のある性癖の方もいます。とはいえ、アイドルに対して恋愛御法度を求める風潮を批判するのはかわいそうな気がします。私はこの話について考えるときにアイドルって宗教だなぁとしみじみします。要するにだましてほしいのです。裏で付き合ってようが、恋愛してようが、仕事は仕事。アイドルという職業を全うしてほしい。その姿勢に私はお金もといお布施を払っているという人が、一定数いるのではないかなと思います。まあ行き過ぎてこじらせすぎてると、もう潔くファンをやめた方が精神衛生によさそうだなと感じる担当の方もいますが……。

 

 ③「こんなの○○くんじゃない」

 ここまでストレートではないにせよ、こういう雰囲気の批判は見ていて心が痛みます。彼女の中で作り上げた○○君がいて、イメージと違う行動をとった彼を受け入れなくなったゆえの言動かと思います。私は彼らが三次元の生身の人間であり、彼らが独自の信条や考え方を持っていることを忘れないようにしています。その性格や考え方を強制するような代金は、私たちが彼らに捧げているお金には含まれていないと思ってます。

 その点、二次元はかなりゆるいです。そもそも原作がある種の妄想ですし、二次創作ありきで人気が出ることも多いです。星の数だけ解釈があります。地雷という文化も生まれますが、皆所詮は妄想なので、自由にすみ分けながら生きているという印象です。

 ただ、私の中ではどう考えても、三次元は『原作至上主義』です。自分のそれまでのイメージと違いがあっても、一端受け止めることが必要です。私はエイタメ札幌の安田さんを見た時、それまでぽわぽわ~な安田さんをイメージしていたので強い衝撃を受けました。ちょっと怖いくらいでした。しかしここで私の中にアドラー哲学的思想が出てきます (※読解力が無いので、間違った解釈かもしれません)。

 安田さんがそういう風であることは事実として変わらないし、それもまた彼なんだろう。ただ、この雰囲気の彼を好きになるのも嫌いになるのも、一ファンである私が決めていいんだから、とりあえず淡々と事実を受け止めればいいんだな。

 と考えてると「こんなの私の知ってる安田さんじゃない!!嫌!!もとの安田さんに戻って!!」なんて意見は、なんか違うだろ~って思うようになります。今の安田さんを受け入れられないのは自由なのですが、そんな辛い思いをしてオタクやるのは気の毒です。オタクは妄想する生き物なので、気持ちはわかります。とはいえ、妄想を本人に押し付けて包丁振り回している人は見ていてしょんぼりした気持ちになります。こういった意見の大半は、個性の範疇に収まってしまう話ですからね。

 アイドルも的違いな批判は辛いでしょうし、ファンだって嫌なところを見て批判を繰り返す毎日楽しくないでしょう。どうしようもないことに対する負のスパイラルです。アイドルの性格・行動については需要にあわなければ多分数字となって現れます。彼は変わるかもしれません、変わらないかもしれません。別にその人のすべてを好きになる必要は皆無なのですが、思い通りにいかないからといって憤慨するのはお門違いなのです。仕事のオプションにそれは含まれてません。

 

※個人の意見です

 私は「うんうんそれもまた○○だね」という言葉が大好きで大好きで。幸せにオタクとして生きるための哲学的な指針を端的に言い表すならば、これに尽きるのではないかと感じています。この言葉を心に留めながら三次元のアイドルを見つめていると、アイドルから負の感情を受け取ることがほぼなくなります。

 結局はマイナス意見だろうと、言うのは自由ということに帰結します。私がこれを書いたのは、決して他人にこれが基準だと提示するためではなく、自分自身のスタンスを言語化するのが楽しいからです。己の行動の理由づけもとい言い訳のようなものですので、「うんうんそれもまた一意見だね」と広い心で受けとめてくださると助かります。

 なお、今回はファン⇔アイドルという関係性でどこまで自身が許容できるかを考えてみましたが、ファン⇔ファンで考えた時の同担拒否やモンペなどのスタンスも非常に興味深いので、次回以降考えてみたいと思います。