じゃにずについて考えたり妄想したいだけのブログ

じゃにずの皆様(関ジャニ中心)について、ただひたすら尊敬の念を込めてすげーなすげーななんでだろーっていうだけのブログです。

【ネタバレ】羊の木感想

記憶力がないのですが、ツイッターで書き込んでいるだけではどうも消化不良にいたるので、映画を見たときの脳内をそのまんまメモしておこうと思いました。※()内は書き終えたあとにパンフレットを読んで共感したところです。

もともとミステリーのように淡々と事実を述べて、思考は読者に任せてくれるようなものが好きなので、羊の木はドツボジャンルでした。羊の木の前情報も受刑者で全員殺人犯ということくらいしか知らなかったので、もっと推理ものに近いかと思ってましたがとんでもない『空気で見る』映画でした。(『謎解きというストーリーの面白さで観客を引っ張ろうとしない』という脚本家さんの言葉を拝見して、まさにその空気を感じ取って見れたことを嬉しく思いました。)
私は記憶力がないので、物事を気持ちでしか記憶できないのですが、ありがたいことにこちらの映画の監督が「映画は俳優を見るもの」と言ってくださったので、そういう意味でも感じたことをぼんやりと書き留めたいと思いました。ストーリーの緻密さとか、構成とかについての分析は専門家にお任せすることにして、私はただただ『朝食べたすき焼きのような』羊の木初回上映のときに考えたことをそのまんま書こうと思います。

人について

ほんとに人の顔を覚えられないので北村一輝さんとか優香さん、松田龍平さんですら、スタッフロール見るまで気づかず、あ、道理で演技がうまいはず……と思ってました。でもそういう知識がなくても、演技がみなさん素晴らしいんですよ。まぁ、だいたい共演者の演技はうまいって言いますよね、そりゃあプロですもの。贔屓目も入っちゃいますもの。ただ本当に、今回の羊の木出演者は職人の集まりみたいで、個人的に大好きでした。なので、『もし知らない土地でもう一度1からやりなおすなら~』の答えはすごく『らしい』なと思いました。泥棒役者はものすごく暖かかったんです。家族みたいに、みんなのために良い演技をしたいと、一緒に良いものを作り上げたいという気持ちに溢れていました。舞台挨拶でもまるちゃんまるちゃんと、気をつかいあいながら、仕事を越えた関係を築いているのが伝わってきました。1つのケーキをみんなで作り上げたイメージです。では羊の木は?というと、私はGODI...VAののチョコレート詰め合わせみたいだなと感じました。一粒一粒に価値があって、決して混ざりあわない感じです。……伝わりますかこれ?(笑)
月末さんは無個性です。普通の人がヒーローになることもなく、ずっと当たり前を生きています。そんな普通の人が受刑者として名演をみせる人たちと同じケースに普通に存在している。実は全く奇妙なことだと思いますが、錦戸さんは違和感なくそこにいましたね。バンドシーンはアイドル漏れていましたが。
舞台挨拶では、共演者の皆さん、錦戸さんを上げるでもなく下げるでもなく、ただただ一人の俳優として見ているような印象を受けました。アイドルなのにもアイドルだからもありませんでした。逆に泥棒役者の空気はとても丸山さんらしかったです。どちらが良い悪いではなく、どちらの現場の関係性も『らしい』なぁと思いました。二人ともあんまり座長座長していないので、二人が空気を作ったというより、映画が二人に寄ってるのかもしれない……。
あとは、キャストの人間性が映画のキャラに非常に近いことに驚きました。監督や脚本家は人を見て映画を作り替えたんじゃないかなと思うくらいでした。(脚本家さんが『配役が具体化してからは俳優の持ち味に合わせて加えた台詞もかなりあります』とおっしゃっていて、そうだよね!とそわそわしました。)あれだけの名優さんだから、自分と全然違う役もさらりとこなす方だとは思うんですが、羊の木にある人間の生々しさは、そういうとこからきたのではないかなという気がします。

空気について

私は北陸の出身で、あと数ヵ月で戻る身なのですが、少し帰りたくなくなりましたね(笑) 錦戸さんの気持ちもわかります。日照時間が少なくて、閉鎖的な印象がつきまといます。
海鮮が苦手な錦戸さんに何回も「魚もうまいですし」って言わせてしまいましたが、私自身地元の説明のときに「魚と……魚がおいしいです」と言っているし、他の人からも「魚おいしいよね」しか言われません……ちょっと切なくなってしまいました。
しかし羊の木を撮るのに富山を選んだのは絶妙ですね。よく閉鎖的な村というと岐阜や長野の山村とかがとりあげられるかなと思うんですけどね。
最近は日照時間増えたみたいですが、相変わらず雨雷自体は多いのでどうしても暗いイメージになります。あのスコールのシーンは笑ってしまいました。あんな雨が無いとは言えないですね……。
話がそれましたが、私はこの映画、ずっとグレーの映画だと思いました。(錦戸さんが「グレーの濃度を大事にする監督」と言っているのを見てぞくぞくしました。)この映画は灰色の濃淡でできてる気がします。映画を、オチがない……?と思って見ているとフランス映画だったりするんでするけど、なんとなく羊の木もそういう曖昧模糊としたジャンルの映画なのかなという印象です。サスペンスとかだとまぁ終わりが後味悪くても、多少感情を揺さぶられる場面があるイメージなのに対し、羊の木は淡々としています。話は進んでるのにずっと後ろに何か得たいの知れないぼんやりとした不安があって、それが最後までいるんです。お前なんやったん……?という不思議な気持ちだけが残ります。でもその空気は押し付けがましくない。富山の気質にはそういう、ドライな部分とじめっとした部分があるので、映画の雰囲気は富山でしか出せなかったと思います。というのは少し地元愛が強すぎますかね?(笑)
さらに羊の木、背景がまぁ印象に残りません。私だけかもしれませんが……。ここも泥棒役者のカラフルな小道具とは対照的な気がします。世界観を含めて魅せた泥棒役者と、空気だけに留めて人を魅せた羊の木。羊の木では監督の『映画は俳優を見るもの』という指針が透けて見えたようでした。
羊の木、個人的には怖くはなかったです。最後の首締めのシーン、像が落ちてくるシーン、お父さんに何で惚れたのかわからない太田さん、淡々と埋め続ける市川さん、違和感のあるとこはひょっとしたらたくさんあるのかもしれないですけど。理論で割りきることのできないいろんなものを、灰色の空気で包んで、そういうこともあると受け入れさせる仕上がりだと思います。空気を味わう映画です。消化不良というより、味の薄くなったガム噛んでるみたいです。満足はしてるけどまだ味ある気がして噛んじゃいます。

錦戸さんについて

ドラマや映画自体にひかれないと作品を見ない人間なので、ウチの夫は~は半分くらいしか見ていませんでした……すみません錦戸さん……。しかし羊の木を見ているときにぼんやりと錦戸さんほんとにハリウッド行くかもなぁと思いました。事務所の力添えはあるかもしれませんが、行っても浮かない実力があるんじゃないかなぁ。あんなに音楽で個を出す錦戸さんが、あんなに顔の濃い錦戸さんが、演技ではさっと自分を消せるんです。器用だなぁと思います。私は視覚記憶が弱いのであれですが、また見返して、錦戸さんをじっくり味わいたいですね。錦戸さんの持つ焦燥感も雰囲気作りに一役買ってるのかもしれないし。

たぶん羊の木は誰とも共有できない、一方通行の映画なんだと思います。本当に泥棒役者と対照的です。もちろん泥棒役者も好きですが、私はこの絶妙なバランスの羊の木も映画としてとても好きですね。錦戸さんは人のアドバイスを聞かないと言っていましたが、空気から感じて自分で学びとることができる人だと思います。きっと一緒に仕事をした人たちからたくさんのことを感じたことでしょう。これからせごどんでも錦戸さんの演技が見られるのが楽しみです。

最後に、子どもがのろろの遊びをしてるシーンでjukeboxの24時間共同生活思い出した人はいませんか?これは共感がほしいです(笑)

(以下2018/2/4追記しました!)

羊の木の物語について

さてこちらわたしがツイッターのアカウントでフォローしてるしんさん (ネタバレアカウント:@nnnnshi_bare)、まこさん、あとナガさんという方の映画考察記事を参考にして、羊の木のよくわからないあいまいなものについて、しんさん巻き込んでこねくりまわした数時間の記録になります。夜中に……全然錦戸さん関係ないですけど……

私は昨日の感想文でぼんやりとした不安と言いましたが、それを「怖い」と感じる人はたくさんいます。こうやってまとめようとおもったのは、しんさんが言葉にしてつぶやいたその理由の一部に、わたしもはっとさせられたいうところから始まっています。羊の木は伏線の映画ではなく、隠れないでそこにずっとあるものを認識できるかできないかという映画なんじゃないかなと思います。霊感の有無みたいな感じで、気づける人と気づけない人がいるだけの映画です。私は何かあるなとは思いつつ、あんまり見ようとしないでスルーするタイプの人間でした。まぁそれも一種の楽しみ方だとは思います。

さて、改めて物語を考えてみようと思ったときに、私が一番意味がありそうだなと思ったのは羊の木の本数でした。漫画だと四本、映画だと五本。わざわざ変えた理由はなんだろうな、と不思議だったんです。
ぱっとでてきたのは受刑者の数でした。しかしこれは六なので、一人足りません。栗本さんが特殊な立ち位置(再生を象徴、皿の持ち主)なので除外されてるのかなと思ったのですが、しんさんが「羊の木の意味合い的に違う気がする」とおっしゃっていたので再考することに。「悪人でも更正はできるという羊の木→死んだらその輪から外れるのでは?」というしんさんの発想をもとに改めて見直しました。そもそも死んだのは何人でしょう。私は、まこさんの記事にあった舞台挨拶の監督コメント『宮腰が死んだと思いましたか?』という言葉がすごく印象的で。

そういえば特に宮腰さんの生死についての言及はなくて、実際死んだという場面はないなあと思ったわけです。じゃあ確実な杉山さんが除外者、残り五人が羊かな。と仮説をたてたところで今度はこちらの記事を発見しました。

いやいやもうこれでいいじゃんめっちゃ納得したわと思いました。読んでもらえばとても腑におちるであろう考察です。六人に床屋のおじちゃん(前科者)を加え、街になじもうとしてる五人が羊だという仮説、のろろさまが神の子であるという仮説、あ~~~そうか~~~くやしってなりました。 最後の宮腰さんの上に落ちてきたとことか、自らの命を犠牲にしての断罪、そして復活、街の人ののろろさまの扱いの移り変わりとか。確かに神様というよりキリストっぽいなぁ。偶像崇拝は禁止されてるからもしのろろさまが神様だったら像があることがおかしいので、そことも繋がります。……あ、でも見てはいけないということはやっぱり神様なんだろうか。とにかくはっとさせられ、もっと考えたくなる記事でした。ありがとうございます。

まあ、ここからあえて自分の意見を書くならば、私はやっぱり、監督さんのコメントが引っ掛かります。記事では宮腰さんと杉山さんが死んで、自分に適した世界へ行くことが救済だったと考察されているんですが、宮腰さんが死んだとは劇中では触れてません。あと、二人が崖から落ちると一人は必ず助かり、一人は沈んだまま死体もあがらないという言い方。生きるとも死ぬともつかない存在になる一人となった宮腰さんは果たして羊としてカウントされるのか?されないとしたらどういう扱いになるんでしょう。しかしパンフでは短期間で2名が命を落とし~って言ってるのでやっぱり死んでると考えていいのかな……ああわからない、わかりません……
でも、二人が死んだとして考えてみても別の視点でまた面白いんです。しんさんからの情報で一番ゾクゾクしたのは最後のエンディング、『死は終わりじゃない』についてで。綺麗なんですけどちょっと不気味な曲でしたよね。私はチャーリーと.チョコレート工場思い出しました。これ『殺人者の歌』というアルバムに収録された曲なんだそうです。
eiga.com
死は終わりじゃないと歌う人は、殺人者。
「死は終わりじゃない=死んだ二人も救われる」そんな綺麗なものでしょうか?
これは神様の救済という宗教的な美談でしょうか?
杉山さんを送った宮腰さんはもちろん殺人者ですけど、宮腰さんがもし亡くなってるならば、それを送った神様、もといのろろ様もそうなります。そんなことを考えていると神様ってなんだろうという気持ちになります。死んだら極楽浄土に行ける、という慈悲の心由来だとしても、人を殺すならば、神様は殺人者と何が違うんでしょうね。哲学C評価の自分にはわかりませんが……。

私はやっぱりこの映画は灰色の映画だと思うんです。神様の救済によって死んだ二人は別の形で救われるという綺麗なお話になりきらないグレーさが、まだありそうだなという気がします。社会の問題も人間も、いろんなことが当たり前に曖昧です。私がそう思いたいだけかもしれません(笑)
あとしんさんのお友だちの感想で、『最初に芽吹いたところに埋まっていたのが魚だとしたら、のろろの木が生えちゃうね』というのがあったそうなのですが、まさしくそうじゃないですか?最後にのろろさまは海から引き上げられて復活しているんですよ。さらに埋められた鳥を杉山さん、少し離れたとこに埋められた亀を宮腰さんと考えてみると……?いやはやもう一回見たいです……

これだけいろいろ言いましたが、監督は考えてほしくて見てほしいというより感じてほしいのかなという映画です。考えてくれてもいいよ、まぁ材料はあるだけだよ。謎解きメインじゃないから、ひょっとしたら演者も気づいてないのかもしれない。だから、この記事も正解でもなんでもない、楽しみかたのひとつです。私は邦画をあまり見ないし、映画も有名どころしか見ないので、検討違いのことを言ってるかもしれませんが……羊の木は『深い』んですけど、その深さが異質な映画なんだと思います。そしてこういうタイプの映画は珍しい気がしています。よく見るサスペンスよりも、ぼんやりしている気がしました。だからこそこれかなと思ったときのゾクゾクは半端なかったです。なのでみなさんパンフレットを買ってもっと深読みして、映画としてもこの羊の木を楽しんだらいいんじゃないかなあと思います。しかし深読みせず、ぼんやりとした気持ち悪さを抱えるのも正解の一つなのでしょうね。
以上、追記感想でした!

関ジャニの冠番組について考える

 人がジャニーズに興味を持つきっかけはなんだろうか。音楽、ドラマ、映画、ラジオ。何に魅力を感じるかによって、それは様々だと思う。しかし興味を持つ前に特典のついたオタク向けのCDを、ファンクラブに入っている人しか取れないコンサートのチケットを、手に入れる人はごく少数であるはずだ。(布教者によって手に入れる人もいるかもしれない)

  ジャニーズの界隈はとても閉鎖的である。入ってしまえば楽しい。自分が好きな人の魅力を同じようにわかり会える人たちがネット上にはたくさん存在する。ただ、その閉鎖的な世界に足を踏みいれるきっかけ自体は、私たちの日常と繋がっていることが多い。ジャニーズのグループからグループへ移る人たちは「男性アイドルにはまる自分」には抵抗がないかもしれない。しかし、そうではない私にとって、日常との繋がりなしにいきなりジャニーズにはまることは、至難の業だったと思う。

  現在関ジャニを冠し、関ジャニとして持っている地上波の番組は4つである。私たちはお金を払わずに毎週新しい彼らの姿を見られる時間が保証されている。あまりにも、特に箱推し勢にとっては、福利厚生が過ぎやしないだろうか。ローカル番組が多いことを考えてもお釣りがくるのじゃないだろうか。*1

  今回そんな4つの番組の特色や魅力について考えて、自身の幸せについて鑑みていこうと思う。

 

ジャニ勉

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 今年のジャニ勉のニュースはなんといっても大幅なリニューアルに尽きる。2007年5月2日の番組開始から10周年を迎えた第496回、ジャニ勉は番組スタイルをガラリと変えた。このとき500回記念八丈島はどうなると不安に駆られたが、案の定現在まで行われていない。*2

 「今」を肯定していくオタクとして生きていきたい私だが、正直に言えば旧ジャニ勉が好きだった。番組自体のゆるい雰囲気も、ミニコーナーのテロップやセットのダサさも、毎回異なる私服のような衣装も、日常のすぐそばにあるような温かい雰囲気も好きだった。ゲストが話している間も後ろで別の話に興じたり、じゃれあったりしている彼らの姿を、ストーカーさながらに探し回り、その自然な関係性に心躍らせた。(テロップ素材も豊富だった。)既に身内では安心安定のジャニ勉として定着していたものを壊すことに、手放しでは喜べなかったファンも多いかと思う。私は失って初めて日常の大切さを知った。

 新ジャニ勉には、指差し道、2/∞とオタク心くすぐるミニコーナーもあるが、肝心の本編はかたい会話になりがちな印象を受ける。「ゲストから学ぶ」ことがコンセプトだったはずのものを頑固道と切り捨て、主張を連発するがための圧の強さ、あまり興味をそそられない一般人の頑固道。ソファが仕切られているために、いちゃいちゃがとんでもないレアシーンになっていることも個人的には悲しい。身体の向きが近かっただけで一日中そのシーンを再生するなんて、旧ジャニ勉では考えられなかった。

 しかし彼らもといスタッフは番組一新という形に踏み切った。クロニクル、関ジャムといった番組が台頭する中で、ジャニ勉だけが長寿ローカル番組という地位でやっていくということも(少なくともしばらくは)できたはずである。けれども、2017年の関ジャニの挑戦性に見合うように、ジャニ勉も躍進目指してその地位を捨てた。私服もテロップもいちゃいちゃも捨てた。製作者側から見たジャニ勉の強みは『トーク』だった。彼らのゲストを不快にさせないトーク力、自分たちで会話を作る、回すという感覚は、ジャニ勉無しには育まれなかっただろう。関ジャムが音楽、クロニクルがバラエティ、というように、ジャニ勉はトークに的を絞ってスペシャリストになろうとした、もといしているのだと思う。十年も続いてきた番組、それでいて変化を恐れない番組。「前の方が良かった」と嘆く思いが皆無とは言えないが、来年再来年にもっと良い方向に進化していくことを見守っていきたいという心境である。

 

関ジャム

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 関ジャムは全国規模で放送されている番組だ。日曜の深夜というサザエさん症候群もびっくりの時間帯だが、それでも夜な夜なオタクが引き寄せられる魅惑の番組である。

 関ジャムの2017年ニュースはなんといっても番組名を冠したアルバム発売とツアー開催だ。私は音楽を知らない。ピアノを習っては発表会が嫌で辞めるということを幼少時に3回繰り返して以来、楽器というものに触れていないし、曲解説の文章も「……なんかわからないけど良い曲なんだな!楽しみ!!」というハッピーな思考回路で読んでいる。そういう私にとって関ジャムは世界一受けたい授業の音楽の時間だ。音楽の専門知識はなにもないけど、それを馬鹿された気分を味わったことが一度もない。ジャンルは幅広く、出ているゲストも楽しそうに嬉しそうに話をしていて、音楽の幸せを体現していると思う。

 ジャムセッションほど関ジャニのファンは恵まれていると実感する瞬間はない。あのアーティストの歌を歌ってほしい、あのアーティストとコラボしてほしい、そんな要望は関ジャニファンにとって十分に現実たりうることだ。夢の時間が毎週やってくることが冷静に考えると異常で、その事実を見つめなおす時、私は毎回胸の奥が熱くなってくる。ジャムセッションは、音楽に対する関ジャニの瞬発力と応用力の高さで成立している。あんなに他の仕事をこなしながら、他人の曲を弾けるようになって、彼らは私たちに夢を魅せてくれる。そういう彼らを見ていると翌日の月曜日がナンボのもんじゃいという気になってくるのだ。*3

 コラボだけでなく、楽曲提供が盛んに行われた今年。アルバムジャムは本当に豪華であった。関ジャニの人柄や姿が映るような曲が多く、ジャムでの人のつながりを感じさせた。鳶谷さんの曲DO NAIや、岡崎体育さんのえげつないはまさにそういう想いに応えた曲だと思う。この番組が無ければ今年のメトロックへの参加もバンドへの高い評価もなかっただろう。関ジャニの音楽は今や関ジャム無くして語れない。

 彼らがメトロックでアイドルバンドとしてのNOROSHIをあげたとき、「アイドルなのに」という評価が不満だという言葉が渋谷さんから漏れた。しかしジャムで共演した人たちは確実に「アイドルなのに」というところから、「アイドル」自体を尊敬するようになっていく。アイドルのすごさ、音楽のプロのすごさ、互いに対するリスペクトが、2018年も美しい形で連なってジャムになっていけばいいと思う。

 

クロニクル

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 ギャラクシー賞の受賞に、特典としての撮り合いメイキング。SNSでのパスポート取りたいんです。今年もクロニクルは躍進した。一般人が何かを好きになる時、やっぱりバラエティがその普遍性から受け入れやすいのではないかと思う。何を隠そう*4、私自身が関パニというバラエティで関ジャニにハマったオタクである。

 私が特に好きなのは、英会話伝言ゲーム、いきなりドッヂ、イケメンカメラ目線スポーツ、VSプロスポーツ選手等々、まあだいたい全員出ている企画なのだが、一番好きなのが「なんとか成立させろ記者会見」である。即興で応じなければならないというところは、トガキに通ずるものがあるが、こちらはトガキすら自分たちで作らなければいけないようなものである。彼らは面白い。単純にドッヂボールや伝言ゲームをやっているだけで自然な笑いが生まれる。しかし、なんとか成立させろは限られた条件下で、瞬時に、自分たちの組み立てで、面白いことを言わなければならない、と実は多くのことを要求されている点で、別角度から関ジャニのお手並みが拝見できる企画といってもよい。これを2017年に一度もやらなかったことに対し私は本当に歯ぎしりのする思いである。

 そんな面白い企画に溢れたクロニクルであるが、彼らはただ面白いだけではなく、面白いを「作る」こともできるというのを証明したのがトガキクロニクルである。プロデューサーインタビューを読んだ時に、横山さんによるジャム特典の没企画救済措置であったことを知り、セルフプロデュース力の高さに脱帽した。彼のプロデュース力は神番組クロニクルでも生きている。ファンが購入する撮り合いメイキングは、ファンが大好きな「わちゃわちゃ」がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。まさに適材適所の采配で、横山さん並びにスタッフさんの判断には敬服することしきりであった。

 さて、クロニクルは企画を山のように生み出す。つまり新企画のスパンがとても短い。何を放送するかは一時的な視聴率や反響よりも、何か別のものを優先している気がする。(でなければ成立させろ記者会見が放送されない理由が分からない。)これをやったら面白いのではないかという発想と、新しい魅力をというエネルギーに溢れていて、関ジャニと共に今を駆け抜けている。そのため私は、なんとか成立させろの再演を心待ちにしている一方で、この勢いのまま、いけるとこまでアイデアの弾を撃ち尽くしてほしいとも思っているのである。

 

ペコジャニ

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 この三大勢力に秋から割って入ったのがペコジャニである。関ジャニじゃなくてもいいのではと疑問が浮かぶ番組になると思っていた視聴者の予想を見事に裏切り、とんでもないダークホースと化している。

 まず食べ物で食欲が刺激されるし、(語弊があるかもしれないが)かわいいかっこいい自担に性欲が刺激される。人間は三大欲求のうち二つが満たされると幸せと感じるので、もうこの辺で既に本能に訴えかけているようなものであり、ずるいとしか言いようがない。第6回が放送されている今現在、錦戸さんが好きそうなものしか出てきておらず、このままいくと錦戸さんがレギュラーから外れるか番組が終わるかの選択を迫られるのではないかという懸念はある。

  時間帯も関ジャムをひきずって始まる月曜日のオアシスだ。そしてなんといっても全国地上波、22時開始。実際大抵のファンはおなかいっぱいでこの番組を見ることになるので心穏やかに美しいかわいいかっこいい顔を拝めるし、外出組が十分に帰宅できる時間だし、終わっても23時と寝るのにちょうどいい。茶の間やTLでわいわいと実況しながらテレビを見る醍醐味を存分に味わえる温かさがある。

 クロニクルもそうだが、ペコジャニもフットワークが軽い。特番では横山さん一人だったプレゼンターが、毎回二人で食材探しにロケに行くという形に改変にした。さらに五回にしてなんとメンバー全員が食べられるにも関わらず、ゲストが食べられないという破天荒な展開を見せている。台本があるかどうかはどうでもいい。台本を感じさせない型破りな姿を見せてくれるのが嬉しいのだ。私は毎日彼らに驚いていたい。

 ペコジャニは食べられない視聴者のためにもリアクションでそのおいしそうな雰囲気を出さなければならない。実際、彼らは食べ物に「うわ~~~~っ」と興奮するし、私は彼らの表情に「うわ~~~~っ」と興奮する。食べられなければ彼らは「く~~~~~っ」と悔しがるし、私も彼らが食べられなかったことに「く~~~~~っ」と悔しがる。番組の狙いとは若干ずれているかもしれないが、理由はともかく、私は関ジャニと同じ表情を浮かべながら番組を楽しんでいる。そういう一体感もまたペコジャニならではかもしれない。

 


訂正:『第一回の一般人投票を、なんの予告もなく第二回ではさらりとやめていた。』と記載していましたが、初回のみということで予告はあったようです。ご指摘ありがとうございました!

 

 

  ドラマや映画、舞台はもちろん関ジャニに気づくきっかけたりうるが、公開・放送の期間が数ヵ月と短いのがネックである。音楽特番やゲスト出演番組もあるが、こちらも単発で、アイドル性を売りにしているCDの購入やコンサートの需要に一気に向かうかと言われると多少疑問が残る。

  認知の向上、少しの興味の熱量を引きあげ、ファンに突き落とすマーケティングとして、なんといっても現在のファンを飽きさせない手段として、地上波の番組に恵まれていることをありがたく思う。今年はビッグニュースがたくさんあり、いろんな活躍が見られたが、それを支えて能力を育て続けているのが冠番組である。関ジャニの複数人での面白さは以前の記事でも取り上げたが、7人という人数でかなりの多忙にもかかわらず、これだけのグループとしての番組を持っていることが改めてありがたいなと感じた次第だ。

 私たちの日常にさりげなく入り込んでいる彼らの姿に「あ、いいな」の瞬間が訪れる。来年もそんな人がたくさん生まれますように。

 

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素材:遊戯王カードリスト・評価・オリカ(https://yugioh-list.com/

ロゴ:関西テレビテレビ朝日、フジテレビ、TBS

よりお借りしました。(敬称略)

*1:そもそも払っていない

*2:まだ終わってないニャー!

*3:ただし見ている間に限る

*4:むしろ全力でアピールしてきた

あいうえお作文で丸山さんの魅力を語る

丸山さん、34歳のお誕生日おめでとうございます。泥棒役者ラッシュでかっこよくてかわいい丸山さんに浮かされている今、冷静に文章を書けずに何度も手が止まりつつ、あいうえお作文で丸山さんの好きなところを書きました。

るちなうたごえ

わたしは(少なくとも今までに聞いたことのある)男性の声の中で、丸山さんの声が一番好きです。世界で一番好きです。関ジャニの歌を初めて聞いたとき、この声を出してる人は誰だろうってすごく知りたくなったのが丸山さんです。丸山さんの声には、感情が載っています。ジャムレディの4フレーズに、あれだけキャラクター性と感情を色付けられる人を私は知りません。コメディアンは演技がうまいと言われます。丸山さんも、コメディアン的な性質を持っているから、声だけで歌に感情をのせられるのかもしれません。いろんな意見もあるとは思うのですが、私は関ジャニのメンバーと歌っている時の丸山さんの声が好きです。個性豊かなメンバーの中で、はっとさせられるほど透明感があって柔らかくて、丸山さんの声の美しさが一人の時より際立つ気がします。

っくすのぎゃっぷ

ただでさえギャップの多い人ですが、かっこいいとかわいいでこんなに表情が違うのはすごいと思います。そもそも丸山さんは骨格もしっかりしていて、スタイルもよく、身長もあり、男性としての魅力に溢れています。だからこそ、「かわいい丸山さん」を作ってるのは表情の部分が大きい気がします。デビュー直後くらいの丸山さんを見ているとクールでしゅっとした出で立ちで、今ほど笑っている場面をお見かけしません。今、これだけかわいいと言われる丸山さんは、しぐさや表情からくる、丸山さんの努力の賜物なんだと思います。そして、そのかわいい丸山さんを脱いだ時の表情に、私はただひたすらかっこいいしか言えなくなってしまいます。

さしいひとたらし

みたらしだなぁと思います。丸山さんは、安田さんのような「客観的に些細な現象によく気が付くタイプ」ではないかもしれませんが、人のことを考えるのが好きなのだと思います。対人感情といった点では、良い面悪い面いろんなところに気づいてしまうのではないでしょうか。
この人はどういう人なんだろう、こうしたら喜ぶだろうか、そういったことをワクワクしながら考えられるから、皆を楽しませて笑顔にさせるのが上手なのだと感じます。丸山さんの優しさは、じっと寄り添う優しさでも、強引に背中を押す優しさでもありません。北風と太陽の太陽のように輝いて、暖めてくれてて、自発的に元気を出させるような、剛と柔の中間のような優しさです。その優しさにふわっと引き寄せられて、みんな丸山さんが大好きになってしまうし、そのままそばにいて、甘えたくなってしまうのだと思います。

くつどおりにいかないじぶんのいばしょ

丸山さんは理想が高いのだと思います。そしてできない自分に気づいたとき、立ち止まったり逃げたりしてしまいそうになる。丸山さんは「今は冷静になった」とよくおっしゃいますが、冷静じゃない瞬間が0になったわけではないと思っています。いつも「仕方ない!」と前向きにとらえられるわけじゃないところが、とても人間らしくて、私は好きです。丸山さんは他人に対してポジティブになれる(良いところを見つけるのがすごく上手な)人です。一転、自分のこととなるとネガティブ。それを知っているのが、本番に弱いのも顔が赤くなるのも受け入れてくれるメンバーなんだと思います。丸山さんはきっと一人で頑張り続けることの難しさを分かっています。一人の仕事が留学で、そこから帰ろうと思えるのが、関ジャニのグループメンバーのもとなのかなと思うと、ファンとしてもとても嬉しいです。

ずれないせかい

大倉さんが11/26ラジオにて丸山さんのことを「孤独で泣き虫で寂しがり屋」と評していました。孤独で寂しがり屋というのは、丸山さんの譲れない世界故なのかなぁと思ったりします。アイドル丸山さんにはたくさん受け入れの度量があっても、人間丸山さんには頑固道がたくさんあります。人間丸山さんは臆病で繊細で、自分の世界に人を入れることにすごく慎重だと思います。一方で丸山さんはきっと人が好きなので、アイドル丸山隆平との境目で孤独を感じてしまうのかもしれません。あれだけアイドルを貫こうとしている丸山さんだから、こだわりを言わないことも選択できたでしょう。それでも、めんどくさいと取られそうなこだわりをぽろぽろと言ってしまうのは、心のどこかで人間丸山隆平を受け入れてほしいという小さな願望のように感じたりします。

れしいたのしいだいすき

ベースが嫌いだった丸山さん、ベースを好きになった丸山さん。楽しくなって、ベースが好きになって誉められて嬉しくなっていく過程を見られなかったのは少し残念ですが、今丸山さんがベースと楽しく向き合えていること、何よりうれしく思います。丸山さんはとても人間らしいです。人間好きなことは結構頑張れますが、好きになる前に頑張るのはとても難しいです。そう思うと、「嫌いだったけど最近好きになった」という単純なエピソードの根に、丸山さんの努力や意地のようなものがはっているように感じます。丸山さんは、生き残るため迷惑をかけないためとはいえ、嫌いなものを十年間も、他のアイドルとしての仕事と並行して続けてきました。丸山さんがこれからもっとたくさんの音楽の幸せや楽しみと出会えるよう祈っています。

んなひとをグループに

エンターテイナーとして、皆を笑わせて盛り上げて、変な気持ちにさせるのが好きな人。変な人と思われていたい人。本来の丸山さんの性質を慮っていながら、それでも丸山さんの作る面白さや楽しい雰囲気を欲するメンバーの想いが、丸山さんはとても嬉しいのではないかなと思うのです。メンバーといるときに恐れずに予定調和を乱すことができるのは、きっとメンバーへの信頼感があるからです。楽屋で黙ってるときも、他のメンバーが楽しい雰囲気を作ってくれます。ただ、丸山さんは、それをありがたく受け止める一方で、焦ったりもしているかもしれません。安田さんの面白さに嫉妬したりもしているかもしれません。「変なヤツ」は丸山さんが譲りたくない、努力で築いたポジションだから、疲れてふと休んでも、すぐがむしゃらにギャグを頑張るんだろうなと思います。そんな一生懸命なところが、メンバーも私も大好きで、無理をさせているのではないかと思いながらも変な丸山さんを求めてしまうのです。

つもあいどるで

いつもアイドルでいる、というよりいたい、を感じるのが丸山さん。丸山さんは、器用ではないし、自分でも凡人だと言っていて、だからこそ丸山さんの作り上げたアイドル丸山隆平は魅力的なんだと思います。私は丸山さんの沼『おちゃらけたところとかっこいいところのギャップ』は、『アイドル丸山さんと人間丸山さんのギャップ』に言い換えることもできると思います。発言も行動もいつも私たちに夢を見せてくれる丸山さんが、完璧じゃないからこそ見せてしまう人間の弱さのようなものに、距離がグッと縮まりそうになり、その弱さを隠してアイドルを貫く丸山さんの姿に、やっぱり遠い人だなぁと感じたりします。


あなたと僕と丸山隆平。人間丸山さんが努力して作った信念の結晶であるアイドル丸山さんを、私はまた1年好きになっていくのではないかなと思います。
同じ時代に同じ日本に生まれてくれて、アイドルになってくれて、ありがとうございます。

あいうえお作文で錦戸さんの魅力を語る

錦戸さん33歳のお誕生日おめでとうございます。東京でTokyoholicを聞きながら錦戸さんに想いを馳せました。わたしが唯一、ずっと前から知っていた関ジャニメンバー錦戸さん、関ジャニを好きになって初めて発見した好きなところを、あいうえお作文で語りたいと思います。

じみでるいろけ

錦戸さんはクールに見られがちな端正なお顔をしています。色気のあるタレ目とほくろで艶っぽさでいえばナンバーワンな気がします。大倉さんがeightのイケメン枠は錦戸さんだけだと言っていました。笑いに走りがちな関ジャニのなかで、誰が見てもかっこいい正統派のイケメン枠にいるのが錦戸さんですし、自覚があるのも素敵です。かっこよくいたいという姿勢に見合うかっこよさをもっています。その分なかみのかわいさも際立つなと思います。

っちりしごとをまっとうするということ

錦戸さんはほんとうに真面目でまっすぐです。世間一般のモラルというより、自分でのしっかりした芯を持っていますね。
仕事のできない夫もDV男も演じられて、作詞作曲ダンス歌ギター、とにかく錦戸さんは器用です。仕事ができないドラマの際、錦戸さんの演技に関して、「泣く演技がありますがどうやって泣いているのですか?」という質問に対して「特になにもしていません。泣くときになったら泣けます。別になにかを想像したりはしません」といったニュアンスのことを言っていたような気がします。錦戸さんの演技は、錦戸亮として、仕事と役に「向かい合った」演技だと思います。プレッシャーを受け止める強い精神を持っていますし、任されたことはきっちりこなします。一方でバンドや作詞作曲するとなったら「やりたい」を前面に押し出した錦戸節を溢れさせます。求められてること、やりたいこと、それぞれ適切なところで発揮できるよう、己を使い分けられる、本当に仕事のできる男です。

んよくにうえをめざす

憧れを越えるためにもサインをもらわないと言っていた大倉くん。それに対し、錦戸さんは尊敬と悔しさを混在した形で人を見ている気がします。個人の好き嫌いで物事の本質が見えなくなりがちな人が多い中、錦戸さんはきちんとその人の一面一面を分析しているので、複数の感情が混在していながらもブレないという状態になるのかなと感じています。
ファンの目からはもちろん、メンバーから見ても錦戸さんはエースです。それでも錦戸さんはいつも「悔しい」と言います。「あ~悔しい。がんばろ。」と言います。
錦戸さんは比較をします。同じ業界、同じ歳、同じメンバー、いろんな同じ「なのに」に、劣等感と悔しさを滲ませています。
錦戸さんはとても理想の高い方です。しかし錦戸さんの持っている劣等感は、卑屈さのない、次に繋がる劣等感です。三馬鹿が語るマイナス美学は彼の中にないだろうけど、それが錦戸さんの美学なんだと思います。

ろんのつかいかた

錦戸さんは人より抜きん出て頭の回転が速いから、遅い人の思考回路が理解できないのかもしれない……と思う表情をしていることがあります。でもそんな風に眉間に皺を寄せているときは、だいたいその人のことを一生懸命理解しようとしてるんだろうと思います。錦戸さんは理論で割りきってるように見えて、好きという感情を原動力にその頭の回転の早さを使っているような気がします。そういう論理的思考の使い方がすごく素敵だなと思います。
たとえば丸山さんが「やきそば マヨネーズ」と刺繍されたタオルをプレゼントされたとき、事実としては「へたっぴな(もとい味のある)刺繍のされたタオルをもらった」なんですけど、錦戸さんは「これを作るのは難しい」「自分が好きだからこのワードを選んでくれた」「だから嬉しい」と、背景を大切にした論理を瞬時に展開してたんじゃないかと思うんです。錦戸さんが「人間にしか作れない理論を芯にしている」というところに、温かさが感じられて、好きだなぁと感じます。

りいいものを

錦戸さんは頑固というイメージもあるかもしれません。
そういう一面もあるとは思うのですが、実際の錦戸さんとは少しずれるのかなと思います。錦戸さんは納得したことじゃないとやりたくないというだけで、それが自分の意見か否かにはこだわっていないと思います。よりいいもののためなら自分の意見を曲げることを厭わない方です。安田さんに怒られたことも、横山さんとけんかしたことも、錦戸さんの中で納得したことだから、全くマイナスの感情がないように見えます。 「これはいい」「これはわるい」の論理的ノートを頭の中に持っているけれど、刺激にともなって修正できる柔軟さがあるところを尊敬しています。

そがつけない

あんなに演技が上手なのに、錦戸さんという人間の表情は嘘がつけないんだなぁと感じます。
嫌なものは嫌だし、おいしくないものはおいしくない。芸能界という場でそんな素直さを出せるのも、「そんな素直なところが亮(ちゃん)のいいところやな」ってフォローしてくれるメンバーの存在が大きいのかなと思います。いろんなことを考えてしまって、なかなか絡みにいけないけれど、錦戸さんは嘘がつけない、つこうともしない自分を認めて受け入れてくれるメンバーが大好きなんだなと、テレビの端々に映るしぐさから感じますし、よかったなぁと思います。


錦戸さんは感情も合理性も大切にした、自分だけの芯を持っています。プレッシャーを越えて常に先頭に立とうとする錦戸さんの強さがとても好きです。また一年、情熱的で貪欲な錦戸さんの背中を追いかけて、素敵な面を見つけていきたいと思います。
同じ時代に同じ日本に生まれてくれて、アイドルになってくれて、ありがとうございます。

※『し』を消してしまったことに気づいたのですが、再構成するのもなんなのでこのままにしておきます……ちなみに『し』は『しょうねんのこころ』とかにしようと思ってました……

関パニ ありそうな言葉検索しまSHOWを再検証する

背景

関パニ大好きオタクとして、以前に記事は上げました。(勝手にMVP)
しかし、まだまだわたしは関パニを掘り下げたい。何かいいネタは無いだろうか。私にもできる何かを考えた結果、
関パニ ありそうな言葉検索しまSHOWを再検証する。
という研究テーマでひとつやってみようかと思いました。
十年近くの時を経て、いったいどうなっているのか。
関パニ効果はあったのだろうか。

歌詞のように真面目にふざけた記事を書きたかったのですが、ちょっといろいろあったので、今回は「うまくいかなかった」ことを踏まえて楽しんでいただきたいと思います。
手法は
Yahoo検索エンジン(またはGoogle、同じ検索エンジンを使用しているため)にて
「完全一致」キーワードにて検索し、ヒット件数を調査する。

としています。他にも検索してる人をちらほら見ましたが、この「完全一致」がポイントです。これを忘れると普通にたくさんヒットしてしまいます。

検証結果

①お題「定食」目標1万件

村上さん「海外の定食」

6件→8件
少し増えました。目標は1万件なのであと数百年かかりそうです。

渋谷さん「定食生活」

約290件→約1040件
もっとおすすめしたい!と言っていた渋谷さんの声が届いた可能性があります。

大倉さん「大阪定食」

約12500件→約32200件
遠のきました。

丸山さん「弱肉定食」

約1330件→約1180件
減りました。

横山さん「D定食」

約5730件→約6810件
こちらはいい感じです。

錦戸さん「美味い定食!」

約22400件→約17400件
こちらも減りました。しかし目標にはより近くなっています。
検索結果を見る限り、ビックリマークの有無では100件しか変わらず、どういう検索になっているのか不明ですが、ビックリマークの有無はカウントされていないのではないかと推測しています。

安田さん「激高定食」

0件→約720件
ここで何かがおかしいことに気づきます。はて、激高定食がそんな急激に増えるだろうか?疑問に思って調べてみた結果、

数値が変化する件に関しては、実は、日本語版の公式ヘルプフォーラムでグーグル社員のナツコさんがカッツ氏よりも詳しく説明している。

  • 検索結果の件数は概算で、おおよその数字を素早く表示している
  • 検索結果数をおおよその件数に留めることでより迅速に検索結果ページを表示できる
  • 検索結果の次のページに行ったり、特定のフレーズを検索したり、期間指定するなど条件を厳しくして検索結果を絞ったりしていくと、検索エンジンがさらに正確な件数を出そうとより深くデータを読み込んでいき、その結果として検索結果数が増える・減るなどする場合がある
  • 件数の目安は検索を利用する場所などによっても異なる場合がある


合計ヒット数の表示はあくまでも目安であって、あまり深くこだわらないほうがいいということだ。

ちなみにこの件数はその検索ワードが含まれるページ(コンテンツ)の数であって、多いからといって必ずしも競争度が激しいとは言えない。「◯件中1位!」というセールストークを使うSEO業者をよく見かけるが、これは実際にはなんのPRにもなっていない。むしろ検索エンジンのことをよくわかっていない、頼りないSEO業者として筆者には映ってしまう。


検索結果の「全ヒット件数」表示が1ページ目と2ページ目で違う? | 海外&国内SEO情報ウォッチ | Web担当者Forumより一部抜粋)

なんということでしょう。検証以前の問題です。数年の時を経て、根本を否定される「ありそうな言葉検索しまSHOW」。ヒット件数がそんなに不確かなものだったということを、みなさんはご存知でしたか。私はあまりにも無邪気にツールを信用していました。さて、ここでやめるという選択肢もあるのですが、研究なんてそんなものです。わくわくして始めたことの99.9%はうまくいかないのです。失敗した記録も後世に残し、二度と同じ過ちを繰り返す人がいないようにするのもまた一つの研究であると思い直して、今回はこのまま強行突破することとしました。(落ち込みはしました)

この安田さんの結果は検索結果の次のページに進んでいくと (以下この手法を「再検討」とします)、最終的に22件であることが判明しました。しかしいずれにせよ大躍進です。もちろん関パニによる増加が多いのですが、純粋に食べログ等のページにも存在していました。安田さんが救われて良かったなと思います。

なお、安田さんが罰ゲームを受ける直前、「激安やったらよかったんかな~」と言っていたのでそちらを検証した結果、約9870件というニアピン数値が出ました。恐らく7年前でも、激安の方がよかったものと推測します。

お題「事件」目標1000件

村上さん「カツラ事件」

約653件→約34000件
これは7年の間に、テレビにて実際に事件が起こってしまったためと推測されます。
気になる方は調べてください。

渋谷さん「シャンプー事件」

約10800件→約7270件
もっとみんなでシャンプー事件について語りましょう。

大倉さん「その事件解決します」

2件→約5780件
再検討の結果、約17件でした。ちょっと解決してくれる人が増えました。

丸山さん「もう事件」

約60100件→約31800件
近づいてます。

錦戸さん「百億円事件」

約114件→約2250件
再検討の結果、12件となりました。ここでさらに「関パニスタッフもこの仕組みを知らずに、単純に出た値を表示していたのでは……?」という疑いが強まります。インターネットがさらに広まり、増えるならまだしもこんなにがくんと減るものでしょうか。もう何と何を比較していいのかわからなくなりながらも、検証を続けます。

安田さん「時効事件」

約27800件→約5130件
時効になって消えてしまったページがあるのでしょうか。

横山さん「ふがいない事件」

15件→約110件
再検討の結果、約32件となりました。若干ふがいなさが強まりました。

お題「アイドル」目標1000件

村上さん「アイドル風」

約238000件→約355000件
このくらいはありそうですね。

渋谷さん「剛毛アイドル」

181件→約5070 件
なんとこの数値、セーフサーチをONにすると0件となります。

セーフサーチ設定を使用すると、Google で露骨な表現(ポルノなど)を含む検索結果をフィルタリングできます。セーフサーチは 100% 正確なものではありませんが、露骨な表現のコンテンツを除外できます。

大倉さん「アイドルマッサージ」

約27300件→約49500 件
こちらもセーフサーチをONにすると0件となります。

丸山さん「ブラジルのアイドル」

約220件→約75500件
いくらアイドル全盛期を経たとはいえおかしい数値だと思いまして、再検討をした結果、約51件でした。

錦戸さん「ブサイクアイドル」

約633件→約7470件
再検討の結果、約136件でした。あんなに誉められていた錦戸さんのHIT件数をぼろぼろに検証しすぎて胸が痛いです。

安田さん「愛$」

約1560000000件→約881000000件
$を認識してないので異常な数値になるのだと思います。

横山さん「ふがいないアイドル」

0件→約371件
再検討の結果、約94件でした。大躍進です。これならば罰ゲームは免れていましたね。

お題「旅行」目標100件

村上さん「秘密の旅行記」

約14件→約14件
HIT件数の変わらない、ただ一つの旅行記です。

渋谷さん「鉄人旅行」

約379件→約1900件
再検討の結果、約66件でした。正確なヒット件数であればニアピンでしたね。

大倉さん「みんなの旅行体験教えて」

0件→約343件
再検討の結果、約36件でした。世界が大倉さんに優しくなりました。

丸山さん「カピバラ旅行記」

約9件→約761件
再検討の結果、約33件でした。じわじわ増えています。

錦戸さん「旅行気分が抜けなくて」

約81件→約1600件
再検討の結果、約43件でした。優秀な値をキープしています。

安田さん「子作り旅行」

13600件→約14500件
再検討の結果、約264件でした。根強い人気です。

横山さん「ふがいない旅行」

1件→約211件
再検討の結果、約44件でした。


正確なデータであれば、意外と良い勝負になったのではないかと推測します。スタッフさんは関ジャニにごめんなさいしてほしいです。

付録

おまけです。数々のパワーワード関ジャニの人気を反映していると推察し、一部抜粋して調べてみました。

「u字の水槽」

約28100件

「パスポート取りたいんです」(「パスポートとりたいんです」含む)

約15160件

「リップスティックリームください」

約487件

「吹きさらしロープウェイ」

約547件

パスポートは一般的にも使われる可能性がありますが、「u字の水槽」はこの関パニが最初で最後なのではないでしょうか。
ちなみに、

「最高で最強の関ジャニ∞

約28600件

なんと「u字の水槽」がこの代名詞にとって代わろうとしていることが判明しました。
エイタ―の皆様には御留意頂きたく思います。

ヨコヒナシンメについて考える

ヨコヒナとは?

という永遠の解けない課題に、日々ぶち当たるオタクです。夫婦であり、相棒であり……その一つに「シンメ」があります。わたしはヨコヒナがシンメではないと真っ向から主張するつもりはありませんが(なぜならそれもまたヨコヒナだから……)、ただ、私の中では「ヨコヒナ=シンメ」ではないないのです。先日お題箱にご質問を頂いた際に、改めて考えた際、自分の中である一定の理由が見いだせました。


 確かに、ヨコヒナはあらゆる面で反対と言われがちです。がむしゃらMステの映像でも白と黒の対比がものすごく美しく、まさに正反対だなと感じました。ただ、シンメとは何かを考えた時に、単純に反対ではいけないと思うのです。シンメは「対」です。「対」とは、「そのものの軸に対して向かい合った位置に同等のものが存在する」ということなので、ある種の相同性があるかがシンメ基準の一つになるのかと思います。
 SexyZoneの代表的シンメ、ふまけんは背格好がとてもよく似ています。以前は顔の見た目も似ていました。そういった類似性に、内面が正反対であるという背反性がくっついて、シンメらしさが出ているのではないかと思います。ヨコヒナは容姿も中身も異なっているので、シンメらしさというところからは少し外れる気がするのです。


 あとは抽象的な話になりますが、ふまけんは同じ道を切磋琢磨しながら抜き抜かれで走っているようなイメージがあるのに対し、ヨコヒナは違う道を走っているイメージがあります。(目指すゴールは同じでしょうが。)ふまけんは同じドラマや映画という舞台の活躍が中心ですが、今やほぼ横山さんは役者班、村上さんはMC班と見られることが多くなりました。そう考えると、ヨコヒナのセットが定番だった頃、つまりレコメンや、ヒルナンデスという同じバラエティで同じようなノリで戦っていた当時は、今よりシンメっぽかったのかもしれませんね。


 もう一つあげるならばすばるくんの存在です。勝利くんはふまけんの中にデビューして初めて入ってきた存在ですが、すばるくんは奇跡のトライアングル三馬鹿のピースの一つです。主観的な言い方になってしまいますが、数字論でも語ったように三馬鹿というトラス構造がある限り、ヨコヒナはその1ピースとしての要素が強くなってしまうのではないかと思います。シンメは二人で完成される存在ともいえると思いますが、三馬鹿は三人で完成される存在なので、少し違和感があるのかなと思います。


長くなりましたが、要約すると
①内面のみならず、ビジュアル面や活躍の場といったところの相同性が低い
②三人で完成されるものの一部分という側面が強い
が理由かと思っております。


 悩みすぎてもうある種の境地にいきついた人たちにとって、ヨコヒナはヨコヒナとしか言いようがありません。幸か不幸か、人類は彼らを形容する言葉を持たないのだと思います。彼らだけが示す関係性の片鱗をふと垣間見る、それだけでわたしたちはなんだかわからないヨコヒナという概念に触れたような気持ちになるのです。

関ジャニメンバーの立ち位置を身体の部位で考える

 先日わたしのtwitterにひっそりと置いた目安箱に、次のようなご質問をいただきました。

 

塩津さんこんばんは!質問です、塩津さんは関ジャニ∞のメンバー個々のポジションをどのように考えてますか?(以前村上さんが関ジャニ∞を将棋の駒に例えたような事です)
それぞれが他メンバーにどのように立ち回っているかなどの考察もしていただけると嬉しいです。
(ブログのネタが無いとお伺いしたので、良ければネタに使って下さい)

 

おそらく村上さんが将棋の駒に例えたというのは以下の発言のことかと思います。

 

「すばるが王様、そこに器用な安田と丸が入って…あそこが桂馬みたいなもんや。まっすぐ行かれへん。ほんで…当時は内くんいうのがいたからな!あの子と亮が飛車角みたいなもんや。俺と横が金将銀将…いや、歩やな」(2017/3/13レコメン)

 

 私はこのたとえがものすごく的確だなと思っていて、内くんを大倉くんに置き換えた布陣が今の関ジャニの立ち位置になる近いのではと感じています。さらに、プロデューサー横山さんの中に、関ジャニにおける各々のキャラについて描く何かが存在し、それが今の関ジャニさんの土台になっているような気もします。

 とはいえ、やはり自分の言葉で考えてこそのはてなブログ。今回はテーマを「関ジャニメンバーの立ち位置を身体の部位で考える」として、みんなの機能、役割から近いポジション(臓器)を第三者目線で考えてみようと思います。段々論点がずれていってしまった部分もありますが、私の洞察力と読解力が未熟ということでご容赦ください。

 

 

横山さん:脳

 関ジャニのプロデューサーとして、司令塔として、横山さんを身体の器官に例えるならば脳になるのではないかと考えています。エイトレンジャーの脚本家であり、数々の特典の企画者である横山さんは、関ジャニというものを活かすために、動くことができる人だと思っています。

 

でも、大きい心で僕等の事を見守ってくれていて
本当に一人一人のキャラとか、ファンの目線で考えられる横山くんのことを尊敬してます。こうやって一人一人の個性を際立たせてくれたのは、横山くんだと思っています。(すごはち 手紙)

 

 『∞レンジャー』の、キャラ設定なんかにしても、それぞれのいいところを引っぱり出そうとしてくれて、ゆうちんは、四六時中俺らのこと考えてるんやないかな、って思うことがある。(「with」2012年12月号『C∞MBI i』)

 

ヨコのやさしいとこもずっと変わってへん。ずっと気を遣って生きてきてるから、弱い者いじめも嫌いやし、「これをしたら人はこう思う」みたいなことを感じ取る能力がすごく高い。それが、今のプロデューサー的な感覚に活かされてる気がする。(「with」2013年8月号『C∞MBI i』)

 

俺はまぁ、ヨコのプロデューサー的な発想には、全幅の信頼を置いているからね。俺のことをわかってくれてやってることだから、任せてたら絶対問題ない。そこは安心感があるわ。(「with」2012年6月号『C∞MBI i』)

 

 横山さん評を調べていると、メンバー全員が口をそろえてプロデューサー的な要素に言及していることに気づきます。関ジャニを魅せるために、各々の立ち回りの方針を打ち出す機能を担っているのが横山さん。デビュー当初と比べて、直接的に動くことは少なくなった気がしますが、やはり頭がい骨の中で「関ジャニを魅せるにはどうしたらいいのか」というエンターテイメント性について常に考えている、関ジャニを動かすためにいろんなことを調整してくれている。そんな性質が横山さんにはあると思います。わたしは、関ジャニにもしリーダーがいるのなら、横山さんだという気がしています。メンバーに嫉妬したりする横山さんもいますが、結局はメンバーを愛していて、俺らででっかくなろうぜ!という仲間意識が強い方に見えます。デビューしたてでお笑い要素が強く、あまり乗り気でなかったメンバーを奮い立たせて、各界へキャラを売り込んでいった功績は、いつまでもメンバーの潜在意識に残っているものと思います。特典の没企画「トガキクロニクル」が横山さんの発言で本編の企画となり、賞を受賞するまでに至った等々、今でも、横山さんは関ジャニのメンバーの魅力を引き出すプロデューサー的ポジションなのだと感じます。

 

錦戸さん:胃

 胃酸のようなパワーで、時には身を削りながらも、いろんなものを消化しようとしている人だと思います。関ジャニの貪欲な推進力として貢献しているのが錦戸さんです。関ジャニ知名度が低い時分からドラマや映画に、関ジャニの名を売ってきて、エースとしての役割を果たしてきました。周りを焚きつけるために先頭に立って周りを鼓舞するような性質を持っていると感じます。

 

NEWSに行ってから変わったなぁ。ああしたいこうしたい…っていう欲求をいっぱいもってて、それは俺らエイトにとっても、めっちゃプラスになってると思う。音楽に詳しい人間がおるっていうのは、俺らにとっての武器になるからな。これからも亮には、そういう部分でみんなを引っ張っていってほしい。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集) 

 

りょうちゃん。やっぱり、すごいのよね。
感覚というものに
すごく優れてる人。大活躍してるスポーツ選手が
昔から、その当時に敵がいないくらい才能を発揮してるのを
よく見かけます。それを、昔から
じぶんが
間近で見てきた人。その人に焚きつけられたから
自分もここまで走り続けてこられた。(2014/12/24「倉'mas0」vol.316)

 

❝男前なのに、そこまでやってどないすんねん❞って言いたくなりますね(笑)。自分の情けなさを、一番感じさせられる人、そして自分に刺激を一杯与えてくれる人やな。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

昔から俺にないものをたくさん持ってて、何をやらせても上手だし、スマートだし。グループとしての活動を引っ張っていってくれたり、尊敬するところがたくさんある。(「with」2013年5月号『C∞MBI i』)

  

亮ちゃんはね、ずっと同じことっていうのをしない人。常によくなる方向を考えていて、前に前に進もうとする。だから演出とか演奏に関しても「次はこうしようや」って意見を出してきてくれて。バンドに関しても、ようドラムやベースに注文出してきてくれたなぁ。亮ちゃんを見てると❝現状維持で満足してたらアカンな❞って思わされますね。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

 錦戸さんはその貪欲さをもって関ジャニを「引っ張る人」ですね。個人での仕事も増えてくると、余裕がなくなってグループの活動がなおざりになってしまうこともあるかと思うんですが、錦戸さんはグループとして頑張ろうや!!って声を大にして鼓舞してくれます。そうでなくても、彼にはカリスマ性があります。その姿勢や背中を見ているだけでも、自然とみんなが俺も頑張らないとと思わせるような、特攻隊長的役割を果たしていると思います。

 また、本人もよく言っているように、錦戸さんは悔しいという想いがすごく強いです。頭の回転も速いし、柔軟性もあって、とても合理的。加えて錦戸さんはかなりの素直さを持っているので、外から受けた刺激をまっさきに消化して己のエネルギーに変えている気がします。錦戸さんが持つ、漁に出て、大漁旗をあげてくるという大切な役割。今も昔も行動を持って関ジャニを引っ張ってくれて、刺激をくれる位置づけなんだなぁと思います。

 

渋谷さん:心臓

 村上さんも王将と言っていることですし、渋谷さんは関ジャニという概念の要という意味で心臓のような存在だと思います。渋谷さんは意外と(と言っては失礼ですが)メンバー内の調和を保つポジションの人だと感じます。 

 

メンバーが落ち込んでる時や、元気がない時に、
声をかけてるのもすばるやと思いますし、
すばるがテンション上げてくれてる時、メンバーがみんな笑ってる気がします。(LIVE TOUR 2010→2011 8UPPERS ウインクキラー 横山→渋谷)

 

マルって、いつでも賑やかにしてるイメージだと思いますけど、実はすばるがしゃべるときが一番調子がいいんです。なんか、うれしいんでしょうね。すばるがしゃべると、マルがいつもより面白なって。で、そこに大倉が加わって…となると、自然にみんなが会話に入ってきて、いつもよりテンションが上がるんです。僕も、そんなメンバーを見て、ずっと笑ってます。関ジャニ∞の中でいちばんのムードメーカーは、実はすばるなのかもしれん(笑)(「BEST STAGE」2015年6月号) 

 

グループにとってあなたは誰の代わりにもならない大事な人です。(LIVE TOUR 2010→2011 8UPPERS ウインクキラー 安田→渋谷)

 

  彼は関ジャニのセンターに置かれることも多く、音楽面での支柱でありながら、同時に皆に愛を送っているような人です。身体の中心となって、臓器から血液を受け取り、また全身に血液を送りだす心臓に通ずるものを感じました。人一倍人見知りで、人一倍関ジャニのメンバーに依存しがちな渋谷さんだから、メンバーも彼を守らなきゃいけない、彼のすごさを伝えなければいけないという意志が少なからずあるのではないかなと感じます。そしてすばるくんも、関ジャニとして、関ジャニのために、何かしようという思いが強い気がするのです。

 関ジャニの人間関係を見たとき、すばるくんは引っ張っていく立場でもなく、後ろから支える立場でもないような気がします。いろんな人に守られながら、前に立つ人と後ろに立つ人を繋げようと精一杯手を伸ばす人。ある意味関ジャニという概念と一体化しているなぁと思います。

 

 安田さん:肝臓

 人体の化学工場である肝臓は、500種類以上もの機能を担っています。栄養を蓄えたり、栄養を吸収しやすいようにしたり、毒に対しては分解したりと、他の臓器のために、身体のために、非常に多彩な機能を担っている臓器です。

 

音楽、芝居、絵、ファッション…ジャニーズ事務所というかアイドルに求められてることをどれもハイクオリティーでまんべんなくできる超優等生。(「Dear Eighter」村上コメント)

 

 俺が聴いて新しいと思える音楽を作ってくれる。今の関ジャニ∞にほしいものをわかってるから、とてもぴったりのものを届けてくれるな~って。コンサートで演奏してても気持ちいいねん(「ポポロ」2014年5月号『僕らとエイトの10年間。』)

 

ぼくは弱音を安田くんに吐いたことがありますけど、その弱音を吐いたとき、めちゃくちゃ楽になりました。弱音を吐くとこんだけ楽になれるんやって、安田くんに教えてもらったような気がします。(LIVE TOUR 2010→2011 8UPPERS 横山→安田)

 

 ヤスは、ほんまに優しいなぁって思うわ。今回も❝疲れたなぁ❞って思ってるとき、「大丈夫?」って声かけてくれるのは、ヤスかすばるやった。ヤスはそういう気配りを表立ってやるんじゃなく、陰でさりげなくできる人。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

ヤスは、ほんまに優しいんです。誰に対しても、優しすぎるくらい優しい。彼のそういう部分に、すごい助けられてる。いろんなキャラが揃ってる関ジャニ∞やけど、彼のおかげで、あったか~い雰囲気のあるグループになってると思うし。あいつもめっちゃ繊細なところがあって、ヘコみやすいねん。それをガマンする人でもあるし。たぶん、自分なりに発散してるんやと思うけど。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

 一方で物言わぬ臓器とも言われており、大部分が切除されても働くし、病気になったとしても酷くなるまで自覚症状がほとんど起きません。

 安田さんは腰を痛めているときも、俺節でどんどん痩せてしまったときも、弱音を吐かずに関ジャニの仕事を全うしてきました。その仕事に対する真摯な姿勢はもちろん、関ジャニメンバー(各組織)に楽曲という武器を与えて、関ジャニの活動を支えてくれるその立ち位置はまさに肝臓ではないかと。

 安田さんの行動力を伴った共感の優しさは、関ジャニの和をつくるために必須だと思うのです。関ジャニにもし安田さんがいなかったら、もっと関ジャニとしての活動は少なかったのではないかという気がします。主役になれる才能にあふれた人ですが、立ち位置でいったらサポート役に近いのではと感じます。補給班というか。同時に飛び道具としての能力も高い。いわば関ジャニの万能ナイフですね。安田さんにしかできないことがたくさんあって、本当に辛いとき苦しいとき行き詰まったとき、メンバーはそれにたくさん救われていると思うのです。

 

丸山さん:肺

 丸山さんはムードメーカーなので、メンバーの二酸化炭素を受け取り、酸素をあげる肺に近い立ち位置な気がしました。楽屋でも丸山さんはメンバーを笑わせてくれるし、現場でもいろんな人に果敢にギャグを披露しています。場の空気を明るくしたり、ときにすべって冷めさせたり、とにかく場の空気を循環させる力を持っている人です。メンバーがやりやすいように、酸素という名のギャグを送ってあげて、みんなの肩の力を抜いてあげるのが丸山さんのポジションであり、唯一無二の能力だと思っています。

 

マルは完全に楽屋のムードメーカーやったからね。いつも元気やから、逆にマルが元気がない日は、みんなから「なんやねん、マル!」って怒られんねん。気の毒なキャラやなぁ(笑)(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

メンバーから頼りにされてるのはマルのほうやわ。俺らみたいな人見知りの多いグループで、マルはいつも明るいムードを作ってくれるし、疲れてても不機嫌になんないやんかぁ。だから、みんなすぐ「マル」「マル」って絡みにいきたくなるんやろな。(「with」2012年08月号『C∞MBI i』)

 

柔って人だね。
優しいっていうのもあるけれど、
グループの柔軟剤?笑
みーんな、まる!まる!
って近寄っていくもんね。
愛されてる。(2014/12/24「倉'mas0」vol.318)

 

マルはホンマ、昔から太陽みたいやったわ。いるだけでその場が明るくなる。マルほど、毎日毎日全力な人、よう知らんわ。ライヴとか、芝居とか、バラエティの現場ならともかく、楽屋でのムードづくりにも全力やん。(「with」2013年4月号『C∞MBI i』)

 

  安田さんは見守ってそっと声をかけるような優しさですが、丸山さんの優しさは撮り合いメイキングで錦戸さんにちょっかいをかけるところによく現れている気がします。

 ある意味、丸山さんは、メンバーの笑顔の導火線です。丸山さんの一発ギャグは何もないところからボケを生みます。関ジャニのメンバーはとてもツッコミが上手ですが、そもそもボケがないとツッコめません。そしてそのボケを何もないところから生み出すことは、実はとっても難しいことだと思うのです。

 彼はいつだって流れや空気、全てを一新する破天荒さと、その姿を愛おしいと思わせる一生懸命さに溢れています。  メンバーの笑顔を見れるのは、丸山さんの力に寄るところが大きいなと思います。

 

大倉さん:腸

 大倉さんが一番難しかったです。大倉さんは2つのポジションを持っている気がしています。1つはあの笑い声、もう1つは鋭い指摘によるものです。その共通点を考えたときに、関ジャニというグループに栄養を与えるイメージが強かったため、「腸」に例えてみました。

 

 やっぱりあなたはすごい関ジャニ∞の事を考えています。
グループのこと、グループのためにって最近よく言ってるのがあなただと思います。でも、僕が1番あなたの好きなところは、
大笑いしてるところです。
あなたが大きい口を開けて「あはは」と笑っている姿を見ると、
みんなが癒されています。(LIVE TOUR 2010→2011 8UPPERS ウインクキラー 横→倉)

 

丸山「(大倉は)100%笑ってくれます。僕の心の支えです」(2014/08/08「A-Studio」)

 

たつは昔から、よく食べ、よく笑い、よく眠る。それが俺の癒しやねん。(「with」2013年6月号『C∞MBI i』)

 

大倉ってものすごい努力するやん。人一倍努力してる。特にライブに対しての意欲を感じるし、その打ち合わせで、大倉から出る意見はすべてなにに対しても関ジャニ∞にプラスになることを考えてる。かといって自分の意見をグイグイ主張するわけじゃなくて、ここぞってときに言うやん?(「Dear Eighter」)

 

  錦戸さんや村上さんは刺激を自分のものに変換して、それが関ジャニの良さに繋げているような気がしますが、大倉くんは刺激や受けた印象をすごくきちんと分析して、必要だと思ったことを情報(栄養)として提供してくれている気がします。それが結果的に自分のためになるということも、よくわかっているのだと思います。また、あの素敵な笑い声は確実にメンバーが楽しく発言・行動するにあたっての栄養だと思いますので、そういったところで関ジャニに栄養を取り込んでくれる腸のようなポジションなのかなぁと感じました。

 また、横山さんは他者プロデュースが得意ですが、大倉さんは自分を含めた関ジャニをプロデュースするのがうまい気がします。横山さんが外からものを見る人ならば、大倉くんは内と外をいったりきたりしてものを見れる人です。彼のそういった器用さが、関ジャニに膨らみや味わいをもたせているのだと思います。

 

 

村上さん:神経

 いろいろな臓器と迷いましたが、立ち位置として考えた際に、神経が一番しっくりきたので神経にしました。

 

オレが気持ち的にトークのノリが悪いときもあったりすんねんけど、それに対して「お前、ちゃんとせぇや」とか一度も言ったことがない。そういうときは必ず自然と頑張って話を回してくれて、結果めっちゃおもろい空気に変わってる。(「Dear Eighter」)

 

コンサートをよく見てる人間なんやろなって思いましたね。いろんなアンテナをもっていて、細かい部分にまで目を向けられる人。俺も見るけど、やっぱり自分も気になる部分だけ…ってことが多くて、ヒナちゃんみたいに広角で見られてない気がするんですよね。(「えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007」密着ドキュメント写真集)

 

MCでも全員のバランス見てちょこちょこ話を振ってくれたりとか、メンバーの中で一番ボランチ的な存在というか、役割を受け持ってくれてると思う。(「Dear Eighter」)

 

村上君は統率力じゃないですか。いろんな番組でいつも仕切ってくれるし。(「Bananavi! vol.2」2015年7月号)

 

 村上さんは、関ジャニにおいては、横山さんとは別の意味で、「活かす」という立場な気がします。横山さんが0から1を作る人ならば、それを何倍にも増幅できるのが村上さんという印象です。なので、司令塔村上さん、参謀横山さんより、司令塔横山さん、参謀村上さんの方が、わたしはしっくりくるのかなぁと思ってます。村上さんは、仕事におけるリーダーですが、関ジャニという人間関係のなかでは「リーダー」にはならないだろうなぁという気がするのです。

  リーダーではありませんが、村上さんは一貫してまとめ役です。ツッコミを介してトークを動かし、まさにMCをやっているときのようにメンバーとメンバーを繋ぐ村上さんは、社交性も高く、外界と関ジャニを繋ぐ機能も持っています。空気を読むスキルにたけているところも、外界の変化を受け取る繊細な「神経」というところに通ずるものがある気がしています。意外と関ジャニはシャイだったり、人付き合いが片寄っていたりする人が多いです。そんななかで、関ジャニと外界の人を繋いでくれる村上さんのポジションは、難しいながらも、とてもありがたいものな気がしています。

 

 

まとめると、

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 こんな感じです……(名前を書くのはさすがにはばかられました……)

 一応アイドルとしての立ち位置というよりも、関ジャニグループ内での立ち位置に重きを置いて考えたつもりだったのですが、個人の性格にひっぱられたところもあり……きちんとした結論になっているのか、正直まだ不完全燃焼です。現段階での、一個人の印象というところでひとつ宜しくお願い致します。

 もしかしたら本当に存在するかもしれない、各々のグループ内ポジション。アイドル活動のうえではいろいろと死活問題になるのかもしれませんが、楽屋などでは、あまりキャラ被り、立ち位置の重複などは気にせず、各々がのびのびとメンバーとのかかわりを楽しんでくれていたらいいなと思います。